一度打ち切りになった手塚治虫の傑作
手塚治虫作品としては有名どころとは言えない作品ですが、最高に面白い作品の一つと言っても過言ではないでしょう。一口に言ってしまうと、過酷な戦国時代に、さらに過酷な宿命を背負って生まれた青年・百鬼丸と、ひょんなことから行動を共にするようになったどろろとの冒険譚です。1967年に週刊少年サンデーで連載がスタートしましたが、当時の少年たちにおどおどろしい描写や陰鬱内容の為か支持を得られず打ち切りになっています。連載誌を冒険王に変えアニメ化に伴い連載が再び始まりました。
本作の見どころは、単純な冒険譚という、そんな単純な構図からは想像もつかないような手塚治虫の描写にあります。死体を齧っても生きなければ生きられないという戦国時代の生き馬の目を抜くような厳しさ、己の手を焼いてもわが子にかゆを食べさせようという母の愛、わが子を悪魔に売っても権力を手に入れようという男の野望、自らの足で大地を踏みしめるという感動、それらがあの単純でやわらかい線で見事に表現され、深く心に響きます。
百鬼丸は48の妖怪に追われ、また追って自らの体を取り戻していくという因果があるため、次々に想像を絶するような妖怪たちが画面に飛び出し、主人公たちを襲います。それらの妖怪をめぐる物語もまた、それぞれが考えさせられるものです。割と唐突な終わり方をするのが惜しまれるところですが、百鬼丸は妖怪を倒しきったのか、そのあと主人公はどんなふうに成長するのか、想像の余地があります。