良作奇作が併録された、ぞくっとするSF短編集
『ザ・クレーター』は1969年から1970年にかけて週刊少年チャンピオンで連載された作品です。
天才漫画家『手塚治虫』のSF短編集と言ってしまえばそれまでですが、ザ・クレーターは異色の作品集です。SFはSFですが、ストーリーは多岐に富んでおり、時代も登場人物もほとんど重なりません。
唯一「オクチン(奥野隆一)」という少年が繰り返し登場しますが、これもストーリーによって人物の背景や時代が変わるため、手塚治虫のスターシステム(同じキャラクターが作品や役柄を変えて何度も登場する仕組み)の一部と考えることもできます。一つの一つの作品の完成度が高く、やや絶望感や後味の悪さを感じるエンディングが多いのも特徴の一つです。
例えば、第三話「溶けた男」などは、いつのまにか目の前に現れた不思議な男からの話を聞いて主人公が自分の過ちに気づきますが、さらなる悲劇を迎えます。「巴の面」は、醜いが心の美しい女と、美しいが心の醜い女との交錯によって生まれた呪いの面の物語ですが、人間の美醜とは何かを考えさせられます。
SFの部類とはいうものの、怪奇現象と位置づけられるような内容のものや、超常現象によるもの、そして人間の心の闇を垣間見せられるものが含まれ、「サイエンス・フィクション=SF」というよりは「すこしふしぎ=SF」という分類になりそうです。