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切れた鎖

田中慎弥の切れた鎖(電子書籍)レビュー

切れた鎖 第21回三島由紀夫賞【電子書籍】

著者 ページ数 クチコミ評判
田中慎弥 164ページ ★★★★

とても豪華な田中慎弥の短編集

『切れた鎖』は2008年の第21回三島由紀夫賞を受賞した田中慎弥の作品です。この作品は、「不意の償い」「蛹」、そして表題作の3つの短編によって形成されています。

「不意の償い」は、無意識のうちに抱く罪悪感が複雑に絡み合って、それによって次第に精神のバランスを崩していく人間の脆さや不安定さを描いた作品です。作品が語られる目線は幾度も入れ替わり、時系列の進む方法も一定ではありません。全体を通して混沌とした印象を読者に与えながらも、どこか共感できるような不思議な感覚も同時に持たせます。不思議な魅力のある作品です。

「蛹」は、第34回川端康成文学賞作品で、社会化されつつある自己をカブトムシの幼虫に投影するという斬新な手法によって描かれた作品です。自信はあるのに外に出ることが出来ない、そんなもどかしさを抱える葛藤と、その自身がただの虚勢にすぎないということに気が付いた絶望が、繊細な筆致で描かれています。

そして表題作は、近代化が進んだ共同体の現状と未来を嘆きつつもそれを受け入れざるを得ないもどかしさを、祖母・母・娘という三代の女性の目線を借りて描かれています。

この物語の見どころは、物語の目線も時系列も徹底して曖昧に描かれているというその抽象性ゆえに、読者に自由な読解が許されているという点にあります。抽象的で具体的な描写が避けられているからこそ読者は自由に目線を選び、共感しつつ読み進めることができるのです。それがこの作品の魅力とも言えるでしょう。



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