時代に翻弄されてもぶれぬ想い
恋歌は、2014年に第150回直木賞を受賞した朝井まかての筆による小説です。物語の主人公は、後に樋口一葉の師匠として名を知られることになる中島歌子です。幕末の殺伐とした動乱の時代に熱烈な恋を成就させ、更には明治の世で歌塾を主宰することとなった歌子の生涯を、巧みな表現で見事に甦らせた名作です。
幕末と言う時代は、ペリーの来航や勝海舟や坂本竜馬や新選組と言った、勇ましくも華々しい出来事が中心になりがちですが、恋歌では、尊王攘夷運動に端を発する水戸藩内部のあまり知られていない動乱が先ず描かれています。そこで、水戸天狗党の一員の妻となり、やがては弾圧されて投獄されるなど、過酷な時代の流れに翻弄されながらも決してぶれずに想い人のことを忘れなかった中島歌子の思いが、或いは朝井まかての巧みな表現力により、そして或いは象徴的に使われる和歌によって紡がれていきます。
表題の恋歌とは、この物語を象徴する言葉です。この物語は、その時代背景こそ大変過酷な時代のものなのですが、その中心にあるのは中島歌子の恋心なのです。ずっと恋心を貫き通したその心は、表題の恋歌と同じ題を持つ和歌に象徴されています。即ち、決して忘れることのできない恋心を謳った小説なのです。