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月と蟹

道尾秀介の月と蟹(電子書籍)

月と蟹 直木賞受賞作品【電子書籍】

著者 ページ数 クチコミ評判
道尾 秀介 358ページ ★★★☆

第144回直木賞受賞作品

「月と蟹」は、第144回直木賞の受賞作品です。著者である道尾秀介氏は、サラリーマンとして働きながら執筆活動を続け、2004年第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を「背の眼」で受賞したことをキッカケに文壇デビューを果たし、専業作家となりました。

また同氏の作品は常に「このミステリーはすごい」などで上位にランキングされていました。直木賞にも連続5年ノミネートされ、これは戦後において最多の記録となっています。ようやく5年目にして「月と蟹」で受賞することとなりました。本格ミステリーを主流としていましたが、徐々にミステリーの中に人間模様を繰り広げる手法を取り入れるようになり、老若男女おりまぜた登場人物の多さと虐待などの問題提起も作中で行います。

「月と蟹」に関しては、家にも学校にも自分の居場所を見出せない2人の少年が主人公です。ヤドカリを神様に見立てて「お願いごとをする」という遊びを2人は見付け出して興じていましたが、その願い事は次第に他愛も無いことから切実なものへと変化してゆきます。ひと夏の少年たちを描いた小説ではありますが、「子どもというのは往々にして残酷で、必ずしも他愛も無いわけではない」ということを、少年期特有の痛みも伴って思い出させる作品となっています。

月と蟹は鎌倉を舞台に子供の視点から見た日常と大人を描いた作品ですが、冒頭から誰にでも経験がありそうな子供の遊びと美しい鎌倉の山と海の風景描写が頭の中に広がります。淡々とヤドカリを使った遊びをする主人公慎一と友達の春也は微笑ましく、ヤドカリをヤドカミ様にしてお祈りするシーンなどは子供らしさが表れています。慎一の母親純江もさっぱりした性格で実際にこのような人は世間でよく見かけることでしょう。祖父の昭三が漁師の仕事中の事故で足の先がないことや、父親の会社が倒産して東京から鎌倉の実家に移り住み、その後亡くなってしまう事もあり得ることでそれ程特別な事ではありません。

月と蟹の中で昭三が蟹を食べる場面もまた平穏な日常を表していて安心できます。ただ慎一が転校した小学校の同級生鳴海の母親が昭三の船に乗っていて事故に遭い亡くなった事、純江が鳴海の父親と逢っていることについてはやや胸騒ぎがしますし、あり得ないと思いながらも読み進めてしまいます。このようにどこにでもある日常の中に非日常性を織り交ぜ、読者を惹きつけているところが月と蟹の魅力でしょう。

また慎一の友達の春也の関西弁が面白く、その反面親から受けている暴力によるあざは痛々しく、食事を与えられずへこんだお腹は可哀想でもあります。月と蟹では楽しくもありいじめもある子供達の生活の中に、その生活が崩れていく大人の都合や命の終わりが描かれいています。



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