2014年映画化された短編小説
『柘榴坂の仇討』は浅田次郎の短編小説で、2014年9月に中井貴一主演で公開された同名映画の原作時代小説です。本作は30ページ足らずの本当に短い作品で五郎治殿御始末に収録されている一作品です。映画化に伴い『柘榴坂の仇討』が抜粋された形で電子書籍化され、¥100という破格の料金で読めることになりました。
まず柘榴坂の仇討の映画化に際しては、雪の静けさが印象的な作品だけれどもよくこれだけ短い小説を映画化したものだと驚きました。登場人物も主人公と妻・秋元と妻・佐橋くらいなもの。細かく言っても主人公の父、俥引きの同僚、若い酌婦くらいなもので、どのようにふくらまして映画化したのか興味はそそられます。
本作の軸となるのは、彦根藩主であり時の幕府の大老である井伊直弼が暗殺された桜田門外の変です。主人公である志村金吾は剣の腕と、その通っていた道場の背景から井伊直弼の近習となりますが、桜田門外の変の折、自分は手傷を負うことなく助かってしまいます。父母は息子の責を負うため自ら自害し、その結果「志村金吾」は命を取り留めるものの仇討をせよと藩からの命が下ります。志村金吾は幕末から明治政府が樹立しても仇討を諦めるふうはありません。すでに仇討の命を出した彦根藩も1871年の廃藩置県によりなくなっています。
それでも金吾は、まだ仇討を続けようと井伊直弼の暗殺者たちを探します。生活は決して豊かではなく、むしろ貧しいほうでしょう。妻には飲み屋で働いてもらいなんとか生活を送っています。元70石取りの武士の妻だった女をそういう仕事につかせていることを金吾は申し分けなく、また恥じてもいます。
それでも金吾は、暗殺犯の仇討をやめません。ある年、下手人探しに協力してもらっている秋元より犯人の一人を見つけたという報がもたらされます。それは1873年の仇討禁止令(復讐厳禁)が布告された年で、仇討をしたものは罰せられるという時代の流れが武士や徳川時代から確実に変わっていることを伝えています。
暗殺犯の一人「佐橋十兵衛(直吉)」は新橋にて俥引きを行っている。雪が降る明治の街、金吾は暗殺犯で主の仇である佐橋とわかっていて、佐橋が引くその俥に乗り、お互いが何者でお互いが桜田門の変をきっかけにどのように生きてきたか、そしてどのような思いがあるのかを知っていくことになります。この俥での描写は、風情があり明治の雪景色が目の前に自然と浮かんでくるようです。そして、各々が何者であるかわかりきったうえで柘榴坂の中腹にて、本懐を遂げるため金吾は剣に手をかけ・・・。
慟哭の時代に生きた追うものと追われるもの、信念と停滞、雪の美しさ、短い話しながら中々に見どころのある作品です。ちょっとした空き時間にこれだけの作品を読み切ることができるので、未読の方は気軽に本書を手に取ってみてはいかがでしょうか。