1960年代の手塚治虫の青年向け短編集
1968年から1970年にかけて青年誌で連載された、手塚治虫の連作短編集です。どの作品も短編とは思えないほど内容が濃く、テーマも恐ろしく深いものばかりです。同氏の『時計仕掛けのりんご』などと同じく1960年代末~の作品が集められています。
どのような作品が入っているかといえば、白人至上主義の将校が戦場で瀕死の重傷を負いますが臓器移植手術をうけることによって一命を取り留めたのですが、移植された臓器は黒人のものだったという『ジョーを尋ねた男』。
手塚治虫自ら出演し、企業の公害による環境破壊や人体への影響という問題に警鐘を鳴らした『うろこが崎』、マンホールに落ち死んでいったファンの女性を見殺しにしたDJの話しである『カタストロフ・イン・ザ・ダーク』など、サスペンス、ホラーといった様々な舞台設定で読者を惹きつけてくれます。
中でも、水槽で飼われていたグッピーのカップルが、心ない男が投げ捨てたタバコのニコチンによって死んでいくシーンから始まる『二人は空気の底に』は人類が核戦争で死滅した後に残された一組の男女のお話で、壮大なSF作品となっています。どの作品をとっても、読後爽やかな気分になれるものはないのです。本を置き色々なことを考えさせられてしまいます。自分が読み終えたものは本当に漫画だったのだろうか。そう考えさせられてしまうほど、深く読む者の心のなかに入ってくるこの作品は、漫画というジャンルを超えた素晴らしいエンターテイメントの一つと言えるでしょう。
良質な短編漫画を読みたければ本作はその趣向に合うのではないでしょうか。