#1054 お姫様にする、呪文。
あなたの帰りがけのひと言が好き。
あなたと、レストランの中。
ウエイトレスの女性が、ニコニコしながら、テーブルに来た。
「子どもの頃から、クラシックバレエを頑張ってたね」
早速、あなたは、シャーロックになる。
あなたは、質問しない。
あなたは、言い切る。
そして、たいてい、当たっている。
クラシックバレエをやっていたというと、喜ぶだろうというお世辞ではない。
観察の根拠がある。
バレリーナの顔が、ぱっと明るくなった。
その表情で、あなたの推理が、当たっていることの証だった。
「なんで、わかったのかしら」
という表情をしている。
「さっき、奥で、髪を一瞬でポニーにするところを見た。ほつれなしに一瞬であれができるのは、子どもの頃から、バレエのレッスンをしていた人です」
もちろん、初対面だった。
料理の会話より、クラシックバレエの会話になった。
少女の頃から、知り合いだったみたいな会話だった。
バレリーナが、料理を下げに来た時、一人のウエイトレスを紹介してくれた。
彼女は、ミャンマーから来て、今週働き始めたばかりとのことだった。
見ず知らずの土地で、仕事をするのは、エライなと感心した。
あなたは、彼女にも、優しく微笑みかけた。
「頑張ってね」というのが、あなたの笑顔で伝わった。
食事は、美味しかった。
あなたと会って、それまでの自分が、いかに質問ばかりしているかに、気付かされた。
質問することが、相手に関心があることだと思いこんでいた。
でも、違った。
質問は、関心がなくてもできる。
本当の質問は、推理することだった。
推理は、相手に関心がなければできない。
帰り際、バレリーナとミャンマーの新人さんが、お見送りに来てくれた。
あなたは、新人さんに言った。
「チェーズーティンバーデー」
ミャンマーの新人さんが、お姫様のような笑顔になった。
お姫様にする魔法の呪文のようだった。
ビルマ語の「ありがとう」なんだなと想像した。
あなたは、どこでビルマ語を。
出会って、いきなり言わなかった。
知らないフリをしたほうが、帰りにもっと喜んでくれるから。
私は、あなたのことは、いっぱい推理できた。