#1063 唇よりも、心を読まれて。
あなたと並ぶのが好き。
あなたと、ホテルのイタリアン・レストラン。
ハロウィーン時期で、賑わっている。
入れ替え制になっていて、11時半からの回は、満席。
先に、美術館に行って、13時半からの回で、あなたは予約してくれた。
予約時間より、10分早めに着いた。
レストランの前で、3名1組のお客さんが並んでいた。
あなたは、その後ろに並んだ。
店内から、前の回のお客さんが出てきた。
同時に、イタリアンの香りが、漂ってきた。
お腹が、鳴った。
あなたは、お店の人に、「もう入れますか」と、訊ねなかった。
理由は。
1組目で待っているお客さんが聞いているのを、聞いていたから。
声は聞こえなかったけど、気配で感じていた。
あなたは、まるで唇を読めるように、会話のやり取りを気配で感じる。
私達の後ろにも、列ができた。
カップルが、3組並んだ。
5番目のカップルの女性が、やってきて、あなたに聞いた。
「この列は、予約した人の列ですか」
確かに、予約している列か、予約していない列かが、わかりにくかった。
「予約してる列みたいですね。もうすぐ、準備ができそうです」
その答え方が、明るかった。
まるで、お店のスタッフのような丁寧さと明るさがあった。
質問した女性の声も、明るくなった。
彼女は、なぜあなたに、聞いたのだろう。
すぐ前の4組目の人でもなく、最前列の1組目でもなく。
一番、余裕のある人を、選んだ。
3組目のカップルは、なぜ聞かなかったんだろう。
そういえば。
あなたは、さっき、私に小声で囁いた。
「予約してて、良かったね」
そのひと言は、私に言ったのではなく、後ろのカップルに、予約の列であることを伝えて、安心させるためだった。
後ろのカップルも、予約の列かどうかを不安に感じているのを、感じ取っていた。
あなたが読んでいたのは、唇ではなく、心だった。
秋の風が、心地よかった。
もうしばらく、並んでいたかった。