#1079 少女の頃の。
あなたの見守る目が好き。
あなたが、一人で地下鉄に乗っていた。
23時台の地下鉄は、空いていた。
ふだん、あなたは座らない。
あなたが、座るのは、お年寄りがいない深夜で、席が空いている時。
あなたは、手に持っている本を読み始めた。
ある駅で、一人の女の子が、乗ってきた。
あなたの向かいに、座った。
こんな遅い時間に。
ふさわしくないくらい幼い少女だった。
制服を来て、カバンを背負っていた。
家族は。
見あたらなかった。
一人だった。
あなたは、本を読みながら、少女を観察した。
少女の顔は、緊張していた。
こんな時間に。
大丈夫かな。
あなたは、見守った。
塾の帰りの年齢にしては、幼すぎる。
事情を、想像した。
携帯を見る年齢でもなかった。
少女は、膝の上で、指を動かし始めた。
エアで、ピアノを練習し始めた。
ピアノのおさらいをしているのではなかった。
緊張を、好きなピアノで、落ち着かせているに違いなかった。
あなたは、本を読みながら、少女の弾くメロディーを、聴いていた。
そして、心の中で、励ましていた。
一人で世の中を生きていく体験は、きっと未来に役に立つよ。
きっと、君を、誰かが見守ってくれているよ。
少女は、あなたの向かいの席を選んで座った。
その少女は、少女の頃の私だったのかもしれない。