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#1080 無言の、お願い。

あなたの無言のやりとりが好き。
あなたが、一人で、新大阪の新幹線のホームで待っていた。
夜だった。
あなたの乗るのぞみは、2本目ののぞみだった。
晩ごはんを駅で買った後、早めにホームに着いた。
お母さんと女の子が、あなたの横に並んだ。
「野菜ジュースを買ってくるから、ここで待っててね」
お母さんは、大きなスーツケースと少女を残して、野菜ジュースを買いに、エスカレーターを降りようとしていた。
「動いちゃダメよ」
女の子は、うなずいた。
ちょっと、不安そうだった。
「スーツケース、見ておいてね。大丈夫?」
うなずく。
「次の次ののぞみだから。乗っちゃダメよ」
うなずく。
「すぐ、戻るから」
お母さんは、エスカレーターを降りていった。
次ののぞみが、入ってきた。
ドアが開いて、大勢の乗客が降りた。
そして、大勢の乗客が、乗り込んでいった。
女の子が、エスカレーターの方を見ている。
お母さんは、まだ来ない。
乗り込む乗客が、お母さんのスーツケースにぶつかって、スーツケースが動いた。
あなたは、さっと、戻してあげた。
女の子は、ペコリとお辞儀をした。
「こののぞみじゃなく、次のだからね。えらいね」
あなたは、心の中で、呟いていた。
知らない人が見たら、女の子のパパだった。
次ののぞみが入ってきた。
お母さんは、まだ来ない。
女の子は、乗ろうかどうか、迷っていた。
あなたは。
自分の乗るのぞみだけど、乗らなかった。
女の子を、一人にしなかった。
お母さんが、走ってきた。
女の子が、ホッとした、笑顔になった。
女の子とお母さんが乗り込む所を見て、あなたが後から乗った。
乗り込む時、お母さんが、あなたを振り返って、会釈をした。
お母さんは、あなたを選んで、無言で女の子を預けたのだった。



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