#1091 刀を、持つように。
あなたのグラスの持ち方が好き。
あなたと、バーに。
バーでも、あなたはガス入りミネラルウォーターを飲んでいる。
それでも、つや消しにはならない。
まるで、ウイスキーを飲んでいるように、見える。
バーテンダーさんが、カウンターの真ん中より、すこしお客さん側に、グラスを置く。
あなたは、最初にグラスを置かれた位置から、動かさない。
バーテンダーさんは、知っている。
最初に、グラスを置く位置は、もっともグラスが美しく見える場所。
ほとんどのお客さんが、グラスを手前に引き寄せる。
バーテンダーさんは、心の中で、「しょうがない」と呟いている。
最初に置かれた位置は、お客さんからすると、結構、遠い。
その位置のまま、グラスを操るには、お客さんに強靭な体幹が求められる。
あなたは、動かさない。
グラスを持つ時、体の軸に、ブレがない。
万が一、後ろから、殺し屋に狙われても、すぐ背中に隠した銃で、打ち返せる。
そんな気配がある。
それでいて、くつろいでいる。
バーは、イギリスの茶室だ。
緊張感とリラックス感が、共存している。
グラスを持って、驚いた。
重い。
あなたは、軽そうに、持っていた。
まるで、重みを感じさせない。
あなたがグラスを持つ指が、美しい。
指先に、まるで力を感じない。
ほとんど、第二関節より際の指は、遊ばせている。
あなたが、刀を持った時と、同じ握りだった。
おかわりが、注がれた。
あなたは、カウンターのセンターから向こうには、グラスを置かない。
センターから向こう側は、バーテンダーさんの領域だから。
あなたは、バーテンダーさんに敬意を払っていた。