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#1124 不安定の中の、安定。

あなたの不安定の中の安定が好き。
あなたと、美術展を見終わった後。
エレベーターで降りると、ミュージアムショップがある。
何度も来ているミュージアムショップ。
それでも、なにかないか寄るのが、あなた。
ミュージアムショップの脇に、小さな入口がある。
入口というより、スタッフのバックヤードにつながるような通路。
あなたは、まるでスタッフのように、その通路に入っていく。
中に入ると、作品が置かれていた。
ストックとして置かれていたのではなく、作品として、展示されていた。
誰も、いない。
スタッフの女性が、一人、カウンターの奥に座っていた。
ここは、ギャラリーだった。
あなたは、スタッフの人に、会釈をした。
不思議なものが、置かれていた。
ランプのようなもの。
カメレオンのようなもの。
ドクロのようなもの。
マグカップのようなもの。
それらは、ランプであり、マグカップだった。
「面白いですね」
あなたは、呟いた。
「面白いですね」
誰かが、返事をした。
いつのまにか、男性が立っていた。
さっきまで、いなかったのに。
いつのまにか、現れた。
その男性は、作者の陶芸家の雰囲気だった。
「作者の方ですか」
とあなたは、聞かなかった。
あなたは、一切、質問をしない。
陶芸家であることは、見抜いていた。
「私が、作りました」
とも、陶芸家は言わなかった。
マグカップに、3本の脚がついていた。
一見、不安定にも見えた。
「ハンドルで持ち上げると、不安定のようでいて、安定している」
あなたは、言った。
「さすが。工芸は、使われてなんぼですから」
陶芸家は、うれししそうだった。
あなたは、心の中で、マグカップを持ち上げていた。
そして、その安定さを感じた。
不安定の中の安定。
それこそ、あなたの美意識だった。
「ドクロも、眺めていると、怖くなくなるでしょ」
陶芸家は、呟いた。
たしかに、ちらっと見るから、怖い。
眺めていると、怖くなくなっていた。



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