#607 してはいけないから
あなたの反則が、好き。
あなたと、美術館に行った。
企画展のコーナーは、混んでいた。
常設コーナーは、空いている。
常設コーナーに、先週までの企画展で大行列だった作品が、並んでいる。
見ている人は、誰もいない。
歩いているのは、ガードマンさんだけ。
企画展でサービスした作品が、ほっと一息ついている。
常設コーナーは、美術館の楽屋みたい。
企画展では、張り切っている。
常設コーナーでは、くつろいでいる。
常設コーナーで見ると、企画展で見たときと印象が変わる。
舞台のプライベートスペースに紛れ込んだような感覚。
100年以上前の建物。
懐かしい匂いがする。
何の匂いなのか、思い出せない。
でも、遠い昔どこかで嗅いだ香りがする。
鎧(よろい)が置かれている。
鎧が私たちを見ている気がする。
ここでは、芸術品が圧倒的な多数派。
見ている人間は少数派。
もし取り囲まれたら、と想像した。
勝ち目はない。
ここは現代ではない。
タイムスリップしている。
この扉は。
開けると、真っ暗だった。
掃除道具入れだった。
普通は、すぐ閉める。
そこに入るのが、あなた。
私も一緒に入った。
扉を閉めた。
真っ暗になった。
常設コーナーも薄暗かったけど、ここは真っ暗だ。
足音が近づいてきた。
息を止めた。
ガードマンさんだ。
足音は、ドアの前で止まった。
そして、離れていった。
この匂い。
懐かしかったのは、小学校の油引きの匂いだった。
床にワックスを塗るときの道具だ。
こんなところに立て籠もるあなたが好き。