#612 地図より、テレパシーで
あなたの、地図を見ないで歩くところが好き。
そのお寺は、想像したより大きかった。
お寺というより、テーマパークだった。
アトラクションやパビリオンが、あちこちにあった。
あなたは歩くとき、地図を見ない。
こっちは、どうなってるのかな。
と言いながら、歩いていく。
あなた自身の興味のセンサーに従って、歩いていく。
私は、必死にパンフレットを見ているのに。
あなたは、作庭家や建築家と話をしている。
「こうきたら、次はこうしたくなるでしょ」と。
ランド・クリエイターの気持ちを、そのまま汲(く)み取っていく。
地図を見ていないのに、一筆書きで、面白いところを見つけていく。
時には、地図に描かれていない建物に入っていく。
地図よりも、作り手とのテレパシーを優先している。
地図や掲示に頼ると、作り手のテレパシーに気づけない。
化粧室を探すときも、「きっとこっちにありそう」と、あなたが行くと、たいていそこにある。
一軒の塔頭(たっちゅう)に入っていった。
玄関で、中に声をかけた。
女性が出てきて、いつもの親しげなやり取りが始まった。
「お茶を、いただこう」
あなたは、スイスイと上がっていった。
そこは、もともと塔頭だったところを、お茶所として使っていた。
お客さんは、いなかった。
窓際の席に座った。
お庭を通して、心地いい風が吹いてきた。
カエルが鳴いていた。
「モリアオガエルね」
お店の女性が、あなたの親戚のように、笑顔で話しかけてくれた。
南部鉄瓶で、熱々のお湯が来た。
それを、湯冷ましに入れてから、急須に入れると、渋みが消える。
この手間が、楽しい。
温度が下がるのを待つ間に、抹茶のくず餅をいただく。
餡(あん)の中の濃厚な抹茶の香りが、口の中に広がる。
「何から何まで、やってもらって、すいませんね」
夏休みに行った親戚の家を、思い出していた。