#635 とにかく、楽しい気分の曲だった
あなたの鼻歌が、好き。
あなたと、海のリゾートホテルに向かう。
無人駅。
映画のラストシーンのよう。
断崖絶壁の上に、ぽつんと駅がある。
海の香りがする。
ホームと同じ高さに、雲がある。
水平線は、はるか下のほうにある。
駅が出来たのが、1922年。
翌年、関東大震災直撃の崖崩れに巻き込まれ、ホームは海の中に。
魚のすみかになり、ダイビングスポットになっているという。
海は、静か。
東京から、さほど遠くない所とは思えない。
鳥が鳴き、赤い花が咲いている。
無人駅に、タクシーもない。
リゾートホテルのシャトルバスが来る。
バスの中で、音楽が聞こえた。
いい選曲だった。
いかにも、今の私の気分だった。
バスを降りるとき、運転手さんに言った。
「いい曲ですね。なんという曲ですか」
ドライバーさんは、きょとんとした。
違った。
BGMは、カーステレオではなかった。
あなたの鼻歌だった。
「さっきの、なんていう曲?」
あなたに、聞いた。
あなたも、ドライバーさんと、同じようにきょとんとした。
あなたは、自分の鼻歌に気づいていなかった。
「どんな曲だった?」
逆に、聞かれた。
とにかく、楽しい気分の曲だった。