#641 乗り合いバスに、乗って。
あなたと乗り合いバスに乗るのが、好き。
あなたと、バスに乗った。
観光バスではなく、乗り合いバス。
山の美術館に続くバスには、観光客はいない。
地元以外の人間は、私たち2人だけ。
お互い話はしないけど、みんなが地元の人であることが感じられる。
ベタベタもしないし、冷たくもしない。
あなたは、どんなところでも溶け込んでいる。
初めて乗る乗り合いバスは、前のドアから乗るのか後ろのドアから乗るのかも分からない。
前払いか後払いかも分からない。
交通カードが使えるのか、整理券を取るのかも。
あなたは、いつも生活で使っているような顔で乗り込んだ。
他の人の気配で、あなたはルールを、いつの間にか把握している。
私は、あなたに付いていく。
バス停のポールの時刻表には、ぽつりぽつりとしか数字が書かれていなかった。
地元の人は、時刻を覚えているに違いない。
さっき駅前には、タクシーはいなかった。
タクシーがいても、乗り合いバスに乗るほうが好き。
乗り合いバスの中が、すでに旅だから。
あなたは、溶け込みながら、楽しそうにしている。
あなたと一緒でなかったら、一生、乗ることもなかっただろう乗り合いバス。
初めて聞く停留所の名前が、日本語なのに、海外の地名のようにも感じる。
あなたは、初めて聞く名前を小さくつぶやいている。
あなたは小学生のころ、バスに乗ってスイミングスクールやミッションスクールの英語教室に通っていた。
あなたにとって、バスは、遠くへ連れて行ってくれる魔法の乗り物。
アラジンの魔法のじゅうたん。
魔法のじゅうたんに、あなたに乗せてもらえる幸せ。
運転手さんと、バックミラー越しに目が合った。
この人は、魔法のランプの中の魔神に違いない。