#644 名前を、呼ばれたい。
あなたの点呼が好き。
あなたと歩いていた。
パンのいい香りが漂ってきた。
小さなベーカリーがあった。
気がつくと、あなたはお店に入っていた。
私が、「ちょっと、寄っていきますか」と言う前だった。
香りへのフットワークの軽さが好き。
中も小さなお店だった。
おいしそうなパンが並んでいた。
新しくオープンしたばかりのお店だった。
きっとすぐ、行列が出来る店になるに違いない。
オープンしたてに入れるなんて、これもあなたの嗅覚のすごさ。
そういえば、この道はいつもの道じゃない。
「今日は、こっちから行こう」
あなたは、いつもと違う道を選んだ。
このとき、あなたは、このパン屋さんの香りを嗅いでいたに違いない。
それにしても、だいぶ離れている。
途中に信号だってあって、車も走っている。
それでも、あなたはここのパンの香りを嗅ぎつけた。
あなたは、警察犬のような敏感な嗅覚を備えている。
ここは、パンの種類が多い。
1つ1つのパンの説明が、ポップに書かれている。
ポップの名前が、音声で聞こえる。
あなたが、ポップを声に出して、読み上げていた。
まるで学校で出席を取るように。
パンがうれしそうに、返事をしていた。
出席を取りながら、あなたは生徒のパンの笑顔を、笑顔で眺めていた。
あなたは黙読しない。
必ず音読する。
最初は、ちょっと照れくさかった。
今は、そこが好き。
生徒のパンへの、愛情を感じる。
あなたに、名前を呼ばれるのが好き。
呼ばれたパンが、うっとりしていた。
お店の女の子も、うれしそうに笑っていた。