#645 あなたの風に、乗って。
あなたの風が好き。
あなたと待ち合わせる。
待ち合わせのカフェで本を読んでいる。
前髪が風で揺れる。
地下のカフェにも、通風孔があるのかな。
あなたが、ほほ笑みながら現れる。
風に吹かれた前髪を直す。
これって、前にもしたことがある。
この前、あなたが現れたときにも、前髪を直した。
その前のときも、直した。
あなたが現れるとき、せっかく鏡の前で整えた前髪がいつも下りている。
そういうもんだと思っていた。
私のほうがあなたより後から来たときも、前髪を直した。
そう言えば。
私の頭の中で検索した画像が次々と現れる。
あなたとすれ違う女性は、前髪を直す。
あなたを見て緊張した気持ちを整えるためだ、と思っていた。
時には、すれ違う男性も前髪を直す。
あなたと、今日の食事のレストランに向かう。
両サイドにブティックが並んでいる。
あなたはまるで美術館の中を歩くように、マネキンがまとう女性服を眺めている。
今年はハイウエストのロングスカートが多い。
去年のビビッドカラーから、アースカラーに寄っている。
あらっ。
マネキンのスカートが揺れている。
スカートに風を当てて、わざと揺らす、心憎い演出。
見ると、全てのスカートがかすかに揺れている。
大きすぎないところが、おしゃれ。
何気なしに、通り過ぎたディスプレーを振り返った。
スカートは、もう揺れていなかった。
前方のディスプレーのスカートは、揺れている。
気づいた。
あなたが、風と一緒に歩いている。
あなたが現れる少し前に、風が先にやって来る。
だから、前髪が下りる。
緊張のせいではなかった。
あなたが入ってきたとき、カフェにいる女性が一斉に前髪を直した映像が、よみがえった。