#652 無音を、聴く。
あなたの音の風景が、好き。
あなたと、明治の別荘地のお庭を、見て回る。
あなたは、教えてくれた。
明治は、忙しい時代だった。
激動の時代だった。
そんな中で、指導者は癒やしを求めた。
江戸の大名庭園ではなく、故郷の里山の小川を求めた。
そこには、川が流れ、鳥が鳴いていた。
平安の浄土は、鎌倉の修行の場となり、江戸の社交場となり、明治の故郷に
なった。
浄土の景色は、絢爛豪華ではなく、子どもの頃過ごした故郷の情景を見ると
、あなたは教えてくれた。
浄土とは、故郷だった。
そんなことを考えながら、小川沿いの道を歩く。
直線でないのが、いい。
あなたは、直線の川も、似合う。
一方で、曲がりくねった川も、似合う。
水が、少しでも低い方に流れていく、自然さがいい。
一軒の庭園に入った。
そこは、かつて日本画家が暮らした自宅だった。
今は、美術館と、庭園になっている。
池には、一面、蓮の葉が、生い茂り、枯れていた。
茶色のシャワーヘッドのような花の名残が、首をたれていた。
これもまた庭園の味として味わうのが、日本人の懐の深さだ。
静かだった。
急に、静かになった。
さっきまで、せせらぎの中にいたから、静けさが際立った。
音は、出てくる時より、消えた時のほうが、インパクトが強い。
音がなくなったわね。
あなたを、見た。
あなたは、静寂を、聴いていた。
あなたは、無音を味わっていた。
何も音がしないのではない。
無音という音が、流れている。
あなたは、私に無音を聴かせたくて、さっきまでせせらぎをきかせていたこ
とに、気づいた。