#695 父親の話を聞く、少年のように。
あなたの職人さんへの接し方が好き。
あなたと、伝統工芸館に入る。
前から、ここになにかあると思って、気になっていた。
あなたはいつも、そういう所に、連れて行ってくれる。
最近、工芸が気になってきた。
中に入ると、外からではわからないくらい広かった。
全国の伝統工芸品が、集まられていた。
美術館で展示をしたら、大行列になるような作品ばかりだった。
さりげなさが、また凄みがあった。
来ている人は、外国人が多い。
あなたも、外国人に近い。
私が目に留めたものを、あなたはどこが凄いかを説明してくれる。
あなたが、歩みを進めた。
そこには、職人さんが、実演をしていた。
そこに、職人さんがいることにも、気づかなかった。
あなたは、いつも、人を見ている。
私は、あふれるばかりのモノに気を取られていた。
あなたは、どんなに凄いものがある時でも、人を見ている。
ちょうど、外国人のカップルが、お礼を言って帰るところだった。
ちょうど、ではなかった。
あなたは、外国人のカップルが話を聞き終わるのを待っていた。
職人さんは、呼び込みをしていない。
実演といいながら、見せようとはしていない。
言い訳をすると、あまりにさり気なく、その空間に溶け込んでいたので、私はその人がそこにいることにすら気づかなかった。
あなたは、さりげなく、話をした。
職人さんは、ゴキゲンでもなく、フキゲンでもなく、言葉を返した。
お茶会の亭主と主客のやり取りを見るようだった。
職人さんは、ハサミの扱い方について、教えてくれた。
「誰かが、一度でも切ったハサミは、癖がつくので使えない」
あなたは、ハサミを床に置いて、父親に叱られた話をした。
あなたは、職人の家に生まれた。
職人さんの話を聞く時、あなたは父親の話を聞く少年の顔になっていた。
一見、無愛想な職人さんが、あなたを見て、父親のように優しく笑った。