#698 わからないまま、保存。
あなたの保存力が、好き。
あなたとお茶室を、拝見した。
お茶室に入って、床の間に向かって正座した。
一礼して、お軸を拝見した。
お軸のひらがなの連綿が、読めなかった。
お茶室に入っても、お軸を見る人が意外に少ない。
あなたは。
お軸を、拝見しているのかと、思った。
違った。
あなたは、床柱を見ていた。
そして、落とし掛け。
落とし掛けの下側の木目を見ていた。
さらに、床框を。
相手柱を見て、床畳を。
私は、必死に、あなたの目線を追った。
あなたは、床畳の紋縁を見た。
紋縁の文様を味わっている。
そして、床の間の壁の風景を、味わっている。
あなたは、体全体で、床の間を味わっている。
私は、床の間を拝見する前に、お軸を見てしまっていた。
お軸を観ない人がいると言いながら、床の間を味わっていなかった。
たっぷり、床の間を味わった後、あなたはお軸を見た。
書かれている和歌を見る前に、あなたは表装を見ていた。
お軸を見る上においても、私は、大事なものをスルーしてしまっていた。
美を味わう前戯を、私は飛ばしていた。
あなたは、徹底的に、前を味わう。
前にこそ、醍醐味がある。
それから、お軸に。
「あっ」
あなたは、声をあげた。
「また、お会いしましたね」
その和歌は、別のお茶室でも、出会っていた。
別の崩し方なので、あわせて読めるようになった。
あなたの心のライブラリーの中に、わからないまま、保存されていて、ピースがあった。
わからないまま、保存しているのが、凄い。