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#707 空襲警報のさなかに。

 あなたの悠々感が、好き。
 あなたと、カフェに入った。
 昭和レトロのお店。
 コーヒーではなく、珈琲を味わうお店。
 ここでは、時間が止まっている。
 止まっているのではない。
 緩やかに、流れている。
 長いカウンター。
 テーブルの外に、お庭がある。
 ここは、元は建築家の自宅だった。
 大正時代の関東大震災の後、昭和の初めに、喫茶店が多く作られた。
 当時は、モダンな作りだった。
 空襲を生き延びて、昭和ヒトケタの喫茶店は、生き残った。
 椅子などが、被災しないように、疎開したお店もある。
 ハンドドリップで、コーヒーを淹れる。
 このご主人で、何代目になるのだろう。
 年齢不詳のご主人は、このお店が、できた時から、こうして珈琲を淹れ続けていたのではないだろうか。
 空襲警報のさなか、ハンドドリップで珈琲を淹れる姿を、想像した。
 あなたはといえば。
 まったく、お店に馴染んでいる。
 あなたもまた、このお店ができた時から、このお店のこのカウンターに、坐っていた感じがする。
 そして、空襲警報のさなかでも、ゆったりと、珈琲を飲んでいた感じがする。
 本日のデザートが、黒板に書かれている。
 黒板に照明があたっていないので、ほとんど読み取ることができない。
「カレー、食べますか」
 珈琲専門店で、カレーって。
 そういえば、さっきから香っていたのは、カレーの香りだった。
 あなたは、微笑んで、2つオーダーしてくれた。
 珈琲専門店で、カレーをオーダーしてくれるあなたが、好き。
 カレーが、届いた。
 美味しい。
 あなたと、昭和ヒトケタから、こうして一緒に、珈琲を飲んでいた気がする。
 そして、空襲警報のさなかでも、珈琲専門店のカレーを味わっていた気がする。



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