#712 スパイの、恋人。
あなたの映画な所が、好き。
あなたを、港にお迎えに行く。
港へのお迎えは、ちょっとドキドキする。
駅よりも、空港よりも、ちょっと、謎めいている。
物語を、感じる。
もともと、あなたは、物語をまとっている。
港には、物語がある。
港は、あなたに似合っている。
大桟橋。
磯の香りがする。
あなたが、見えた。
あなたが、手を挙げる。
あなたは、白のパナマをかぶっている。
港で、白のパナマは、コテコテコントになるところを、あなたの場合は、映画にしてしまう。
大正時代に、タイムスリップさせる。
あなたに、抱きつきたくなる。
汽笛が、響いている。
あの汽笛は、船の汽笛か、私の心臓の音か、区別がつかない。
美人が、降りてきた。
あなた以外に、映画的な人が、いた。
こういう女性に、私は憧れる。
その美人が、あなたの横を通り過ぎる時、まぶたで小さい会釈をした。
するかしないか、ぎりぎり小さいくらいの会釈だった。
その会釈に、あなたが、まぶたで小さい会釈を返した。
映画だった。
普通、女性なら、ちょっとジェラシーを感じなければならないところが、ちがった。
かっこよかった。
映画の中に、紛れ込んだ、不思議な感覚だった。
船の中で、何かがあった。
あなたは、スパイ。
彼女は、謎の美人スパイ。
スパイなのに、目立ちすぎるところが、映画。
あなたが、パナマを、私にかぶせてくれた。