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#714 屋久杉のカウンターのように。

 あなたのバーでの佇まいが好き。
 あなたと、バーのカウンター。
 あなたが、アルコールを飲んでいる所を、見たことがない。
 にもかかわらず。
 強そうに、見られる。
 「えっ、飲まれないんですか」
 初めて会った女性が、意表を突かれる。
 「飲まないんですか、飲めないんですか」
 何かで、納得したいようだ。
 「飲めないんです」
 それでも。
 相手の女性は、納得できない。
 納得できないタイプは、美人が多い。
 本当は飲めるのに、飲めないふりをしているのが、プライドに触る。
 その気持ちも、わかる。
 せっかく自分と一緒にいるのに、飲んでもらえない寂しさを感じる。
 その心配は、要らないんだけどな。
 と、私は感じる。
 「ドクター・ストップですか」
 なんとか、納得する理由を求めている。
 「こんないい女とベッドに入って、何もしないんですか」
 と、詰め寄っているようで、面白い。
 痛いくらいに、気持ちはわかる。
 よっぽど、あなたのことが、好きらしい。
 誘わない。
 飲みもしない。
 どういうことか、アイデンティティーの崩壊の危機にさらされている。
 私も、知らない。
 飲めないふりなのか。
 本当に、飲めないのか。
 あなたの家は、スナックをしていた。
 飲めないわけがない。
 でも、そんなことは、どうでもいい。
 あなたは、バーのカウンターで、一枚板の屋久杉のように、しっくりと馴染んでいた。



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