» page top

#717 何もしていない、のに。

 あなたの空気が、好き。
 あなたと、京都のデパートに向かった。
 そのお店は、京都の老舗の仕出し弁当が置かれている。
 あなたは、お弁当を買う時にも、こだわる。
 お弁当なら、何でもいいというわけではない。
 おいしいものを、探してくれる。
 お弁当ではなく、仕出し弁当を、探してくれる。
 仕出し弁当は、料亭の料理人が、食材と道具と器をもって、お客さんのお宅を訪ね、厨房を借りて作る料理だと教えてくれた。
 京都ならではの、文化だ。
 エスカレーターで、地下一階に降りた。
 エスカレーターを降りた瞬間、デパートのコンシェルジュの女性が、あなたに話しかけた。
 「どちらか、お探しですか」
 私は、心の中で、つぶやいた。
 早っ。
 確かに、探そうとしていた。
 探しかけていた。
 探しかけた瞬間、声をかけられていた。
 待ち伏せのようだった。
 私は、同じ場所に来たことがあるけど、結構キョロキョロしていても、声をかけられたことはなかった。
 自分から「すいません」と声を掛けていた。
 教えてもらった場所に行った。
 老舗の料亭の仕出し弁当のお店に、あなたが向かった。
 前から、気になっていたお店だった。
 どうしていつも、バレるのかしら。
 ショーケースに、美味しそうな仕出し弁当が並んでいた。
 迷う。
 全部、美味しそう。
 またしても。
 「お弁当、お探しですか」
 お店から、女性スタッフが出てきて、隣に並んだ。
 普通は、ショーケースの向こう側からでしょ。
 出てきた人を、初めて見た。
 あなたがいるだけで、お店の人のサービスが、良くなってしまう。
 あなたは、いつもなにもしていないのに。



【中谷先生のおすすめ電子書籍TOP3】 紹介記事はこちらからどうぞ