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#718 一見さん、なのに。

 あなたの一見さんが、好き。
 あなたと、老舗に行った。
 一見さんには、厳しいお店だった。
 ここのご主人は、気難しいからね。
 先に、あなたにアドバイスしておいた。
 「失礼します」
 きれいな会釈をして、あなたはのれんをくぐった。
 お店の中は、しんと静まり返っていた。
 商品が、美術館のように並んでいる。
 観光客的な人はいない。
 カップルが、一組だけ。
 間違ったお店に入ったものの、出るタイミングを逸していた。
 あなたが来たことで、出るタイミングをつかんで、そそくさと出ていった。
 さり気なく、あなたが逃してあげたに違いない。
 店内は、張り詰めた空気が漂っている。
 ご主人が、何か作業をしている。
 こちらを、見ない。
 ほらね。
 こんな感じの難しい感じのご主人なのよ。
 私一人だったら、この空気は、耐えきれない。
 あなたがいるから、なんとか踏ん張っている。
 あなたは、私が、この張り詰めた空気にたえられるように、エクササイズしてくれている。
 小さな店内を、回る。
 並んでいる商品の数が少ないのも、緊張感を煽る。
 逃げ場がない。
 ご主人が、小上がりを降りて、草履を履いた。
 まさか。
 の、展開になった。
 ご主人が、あなたに近づいた。
 そして、ニッコリと、微笑んだ。
 このご主人は、こんなにいい笑顔になるのを、初めて知った。
 またでしょ。
 あなたは、初めて。
 一見さんなのに、もう仲良くなっていた。



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