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#721 その先の、風景を。

 あなたの見ている風景が、好き。
 あなたと、旧財閥の別邸を見学に行った。
 迂回するアプローチが、いい。
 邸宅内に、私は向かった。
 あなたは、お庭を先にした。
 便利なのは、邸宅内に入って、お庭から帰るという順路だった。
 あなたは、いつも不便な方を選ぶ。
 便利で失う何かがあることを、知っている。
 他の来館者は、みんな先に邸宅内に入っていた。
 あなたは、お茶室に向かう前に、露地を歩く美意識を踏襲した。
 お庭に、瓢箪型の池があった。
 池に、蓮の蕾が、咲いていた。
 正確には、咲く前の蕾が、すっと空を指して、立ち上がっていた。
 水墨画や仏像で見たことはあったけど、リアルな蓮の蕾は、初めて見た。
 お庭を歩きながら、あなたは、景色を味わっていた。
 ネットでよく見るアングルで、他の来館者の人が、写真を撮っていた。
 あなたは、写真を邪魔しないように、歩いていた。
 誰も行かない小道を、あなたは歩いていた。
 「このアングルが、いいね」
 あなたが立っているところから、建物を見た。
 いままで、ネットで見たことがないアングルだった。
 あなたは、こうして、いつもみんなと違うアングルで、世の中を見ている。
 邸宅には、3階部分に、展望台があった。
 ひときわ高い所に、東西南北を眺める窓があった。
 気持ちよさそう。
 私は、思った。
 あなたは、つぶやいた。
 「雲が、キレイだな」
 私は、展望台を見上げていた。
 あなたは。
 展望台に、すでに登っていた。
 私は、展望台から見る、お庭の景色を思い浮かべていた。
 あなたは。
 展望台に登って、悠々と行く、雲を眺めていた。
 あなたは、いつもその先の風景を、眺めている。



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