#741 あなたの、舌触り。
あなたの舌触りが、好き、
あなたと、茶器の美術館に行った。
静けさが、漂う。
美術館は、どこでも静かだけど、茶器の美術館の静けさは、さらに深い。
錯覚かもしれないけど、土の香りがする。
土には、その時代に、生きた人の香りが吸い込まれている。
人がまだ、いなかった時代の香りも、吸い込まれている。
カビの匂いかもしれない。
カビの匂いも、嫌いではない。
カビもまた、生き物。
あらゆる生き物は、存在を示す匂いを持っている。
どこかで嗅いだことがある匂い。
お墓だった。
お墓には、大切な人の骨が埋まっている。
骨は、やがて土に返る。
人は、土に生まれて、土に返る。
子どもの頃、粘土遊びが好きだった。
粘土の粘るようなヌルヌルした感触が、好きだった。
面白かった。
粘土の独特な匂いも、好きだった。
茶器は、ろくろを使わない手捏ねで作られていた。
陶芸家は、粘土遊びを、芸術まで高めた究極の子どもだった。
私は、一つ一つ、眺めた。
茶器というと、古臭いイメージがあるけど、まったくモダンなデザインだった。
400年前という時の流れを感じさせない。
土にとっては、400年なんて、まばたきの間隔に過ぎない。
あなたは。
あなたは、眺めているのではなかった。
あなたは、目の前の茶器を、手のひらの中に、包んでいた。
もちろん、直接ではない。
ガラスの向こうにある茶器を、あなたは、確実に、手のひらに包み込んでいた。
手触りを、味わっていた。
あなたの唇は、縁を味わっていた。
西欧ではマナー違反である器の縁に唇をつける行為も、日本では、聖なる作法になっている。
セクシーだった。
あなたを通して、器の舌触りを、感じた。
あなたの舌触りも、感じていた。