#769 第2章の、扉を開けて。
あなたの開けてくれる扉が、好き。
あなたと、銀座の帽子屋さんに入った。
一人では、一生、入れない。
路面店ではなく、レトロなビルの4階にあった。
小さなお店。
その中に、女性ものの帽子が、たくさん並んでいた。
圧倒された。
男性ものは、少しだけ。
ここは、オーダーだけの帽子店。
一人の女性のお客様が、ご主人と、ソファーに座って、オーダーの相談をしていた。
上品な奥様と思われる女性が、「どうぞ、ごらんになってください」と案内してくれた。
並んでいるものは、すべてサンプル。
これをベースに、相談できる。
思い出した。
私は、帽子をかぶったことがなかったわけではなかった。
かつて、一度、帽子に挑戦したことがあった。
お店で、ご主人に一つの帽子をかぶせてもらった時、夢心地だった。
自分が、自分でなくなった。
一気に、映画の世界に飛び込んだ。
鏡の中に、見たことがない自分がいた。
翌日、帽子をかぶって、友達に会った。
帽子の私を見て、友達は「かわいい」と言ってくれた。
でも、友達だからわかった。
あきらかに「変」という意味だった。
自分でも、感じていた。
お店でかぶせてもらったのと同じ帽子なのに。
まったく、違う帽子をかぶっているみたいだった。
友達に会う前から自信がなかった。
買った日の夜、自撮りで写真を撮ってみた。
笑顔が、引きつっていた。
自分が見ても、友達が見ても、帽子の私は、変だった。
滑翔したい黒歴史だった。
それ以来、「帽子は、似合わない」と縁を切っていた。
縁を切ったことすら、忘れていた。
「帽子は、選び方が1割、かぶり方が9割」
あなたが、耳元で囁いた。
私と、帽子の第2章の扉が、開いた。