#787 心の声に、どうぞ。
あなたの「どうぞ」が、好き。
あなたと、ワクチンの接種に行った。
会場は、10階。
エレベーターに、乗った。
エレベーターの扉は、すぐに閉まらなかった。
「どうぞ」
あなたが、言った。
「ありがとうございます」
遠くから、おばあさんの声が聞こえた。
そういえば。
駅から、会場に向かう途中の坂道で、おばあさんと男性の二人組みを追い越したことを思い出した。
おばあさんは、はじめての気配だった。
あなたは、それを見逃さなかった。
あなたは、
「どうぞ」
と言った。
「乗られますか」
ではなかった。
こういう場合、「乗られますか」と聞く人が多い。
あなたは、おばあさんの心の声を聞いていた。
(乗りたいけど、今から、声をかけては悪いので、後のエレベーターにしようかしら)
あなたは、おばあさんの「心の声」に返事をしていた。
「乗られますか」では、「後で行きます」になってします。
おばあさんと男性が、乗り込んできた。
10階に、ついた。
おばあさんは、下りなかった。
「どうぞ」
また、あなたは、おばあさんの「心の声」に返事をした。
「順番に、お並びください」
係の人が、案内してくれた。
「あの方のほうが、先です」
おばあさんは、係の人に言った。
あなたは、
「どうぞ」
と、微笑んだ。