#818 ちょうど、今来たかのように。
あなたの「おまたせ」が好き。
あなたと、銀座で待ち合わせ。
待ち合わせ場所は、鳩居堂。
あなたの指定。
ビルの前でないところが、いい。
待ち合わせが、すでに楽しい。
待ち合わせの時間より、早く来る。
お店の中を、楽しみたいから。
待ち合わせ時間に来たら、見てる時間がないから。
お店に入ると、風鈴の音がした。
BGMではなかった。
入って左手の所に、風鈴が並んでいた。
飾りではなく、販売物だった。
お店の中は、お扇子の香木の香りが、立ち込めていた。
外の雑踏の喧騒と、まったく別世界だった。
お茶室の路地の寄り合いに、腰掛けている感じだった。
昼間の仕事で、ざわざわしている気分のまま、あなたと会うのは、もったいない。
いったん、気分を切り替えたい。
気持ちを整えてから、会いたい。
会ってから整えていたのでは、もったいない。
風鈴の音が、澄んでいる。
2階に上がる。
2階に上がる踊り場の所に、ベンチがある。
たった2階まで上がるだけなのに、踊り場にベンチを作る余裕。
2階は、書道用具が並んでいる。
大きな筆が、ぶら下がっている。
あなたは、筆を見る時、もう手に持って描いているイメージをする。
イメージしているあなたを、イメージした。
大きな筆の前で、微笑んでしまった。
そろそろ、1階に戻らないと。
戻った時、ちょうど、あなたが、入口から入ってきた。
と、思った。
違った。
あなたは、私より、先に来ていた。
私が、お扇子の香りをかぎ、風鈴に耳を傾け、踊り場のベンチを眺め、大きな筆に一人笑いしているところを、全部、見ていた。
そして、さっと外に出て、今、入ってきたかのように、微笑んだ。
「おまたせ」