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#890 気づかないうちに、脱いでいた。

あなたと、銀座のレストラン。
1階のショップで、可愛いスイーツをたくさん楽しんだ後、いよいよ5階のレストランへ。
初めてで、ワクワク。
100年の老舗。
あなたも、初めてらしい。
エレベーターに乗り込む。
5階で、エレベーターが開く。
開いた途端、「お待ちしておりました」とあなたの名前が呼ばれた。
名乗っていないのに。
そういえば。
エレベーターの前に、女性がいた。
彼女は、インカムを付けていた。
その彼女に、あなたは小声で囁いた。
あの時、名前を告げていたに違いない。
「コート、お預かりしましょう」
スタッフの人に、声をかけられた。
コートを、脱ごうとした。
あなたは、さっと、コートを渡した。
えっ。
今、エレベーターの扉が開いたばかりなのに。
あなたは、コートを脱いでいた。
乗り込む時は、たしかに、コートを着ていた。
いつ、コートを脱いだのか、気づかなかった。
エレベーターの中で、私は、あなたとくっついて、並んでいたはず。
くっついているので、コートを脱げば、わかるはず。
それでも、気づかなかった。
まるで、手品。
あなたは、動かずに、コートを脱ぐことができる。
もちろん、着ることも、動かずにできる。
私は。
もたもたしていた。
そして。
気がつくと。
あなたが、私のコートを、スタッフの女性に渡していた。
いつのまに。
気づかないうちに、あなたにコートを脱がされていた。
脱がされていることに、気づかなかった。



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