#913 視線を、誘導されて。
あなたの視線の誘導が好き。
今日は、あなたと普茶料理。
山門の入り口で、あなたが名前を名乗る。
あなたは、実に低姿勢。
普通以上に、感じいい。
食事に来た人というより、参詣に来た感じの良さ。
入館チケット売り場の女性のトーンが、変わったのを、私は見逃さなかった。
「お待ちいたしておりました」
普通だけど、普通ではない。
「今いらっしゃるところが、山門で……」
地図を渡しながら、丁寧な説明。
丁寧にお礼を述べて、進もうとすると、
「あっ、チケットをお渡しするのを、忘れてました」
その照れ笑いは、まるでラブレターを渡す女子高生のそれ。
精進料理の原点の普茶料理は、初めて。
食事の建物に入る。
「お待ちいたしておりました」
まるで、料亭。
お堂で、お坊さんからいただくのかと思ったら、きちんとした個室が設えてあった。
お重の蓋を開けると、精進料理のストイックさを、いい意味で裏切られる華やかさ。
しばらく、眺めてしまった。
知らないうちに、あなたが急須で、お茶を注いでくれる。
窓の外で、雨の音がした。
お部屋に入るなり、雨とは、仏様の粋なお計らい。
「お天気雨」
あなたが、窓の外のお庭の景色を眺める。
あなたの視線に誘導されて、お庭を見る。
あなたは、お食事に見とれている私の目線を、誘導するために、独り言を呟いてくれたのだ。
そういえば。
私は、見ている所は、全部自分で見ているつもりだった。
でも、いつもあなたが、誘導してくれているのだった。
大満足の食事を終えて、化粧室に行く。
化粧室から戻ると、あなたが和尚さんとお話をしていた。
しまった。
また、あなたがどうやって、和尚さんに話しかけたのかを、見逃してしまった。
スタッフの女性が、色紙を持って立っていた。
いつの間にか、お天気雨が、上がっていた。