#928 何事も、ないように。
あなたの何事もなかったかのような淡々さが好き。
あなたと、アートホテルのアフタヌーンティー。
試験管で作るオリジナルドリンクを楽しんだ後、いよいよスイーツが、届いた。
2段のスイーツと、箱に入ったもうひとつのスイーツ。
どれも、中身の想像ができない。
これは、たこ焼き。
これは、やきそば。
これは、かき氷。
これは、ヨーヨー。
これは、金魚すくい。
そうか、縁日になっている。
楽しい。
どれから食べようか。
あっ。
やってしまった。
眺めるために、少しだけ残しておいたオリジナルドリンクのグラスを倒してしまった。
幸い、テーブルの上だけに、被害は収まった。
こういう時。
あなたは、あたふたしない。
「すいませーん」と、スタッフを呼ぶこともない。
もちろん、「何やってんの」と叱ることもない。
アイコンタクト。
あいにく、スタッフは、ホールに誰もいなかった。
あなたが、さりげなく、水分を染み込ませるナプキンを渡してくれる。
スタッフを、呼びに行くこともしない。
呼びに行ってしまったら、スタッフさん的には、クレームに受け取られてしまう。
なによりも。
私が、そうしてほしいということを、あなたはしてくれた。
大騒ぎにしてほしくなかった。
あなたは、何事もなかったかのように、微笑んでいてくれている。
だから、隣のテーブルですら、私がグラスを倒したことについて、気づかない。
しばらくして、スタッフの女性が気づいた。
「すみません、気づきませんでした」
「大丈夫です。拭くものを、いただけますか」
あなたは、まるでお茶のおかわりをするように、穏やかに言った。
私は、ホッとした。
スタッフの女性も、ホッとしていた。