#932 ものではなく、人で選ぶ。
あなたの嗅覚が好き。
あなたと、築地の場外市場。
市場が、豊洲に移ってからも、場外市場が残っている。
今日は、猛暑日。
日曜は、基本定休。
開いているのは、一部のお店だけだけど、それでも、観光客で賑わっている。
築地だから、魚のイメージかと思ったら、お肉の串も多い。
最近の傾向らしい。
観光客が戻ってきているのは、嬉しい。
値段の幅が広い。
1本1万2000円の高級和牛の焼串があるかと思えば、1本100円の卵焼きの玉串もある所が、楽しい。
あちこちから、いい香りがしてくる。
卵焼きのいい香りがしてきた。
口が、卵焼きになった。
あなたが、1軒のお店を選んだ。
一番、行列ができていた。
行列で選んだのではなく、嗅覚で選んだにちがいない。
卵焼きを、店頭で焼いている。
朝採れたてで、すべて手割りにこだわっている。
戦後すぐの創業の老舗。
「暑いのに、ネクタイして、偉いね」
ご主人が、あなたに話しかけた。
「暑い中、焼いている人には、負けます」
あなたが、返した。
その言葉に、リスペクトがこもっていた。
「いいことだよ。きちんとしてる方が、涼しいんだ」
その言葉は、もはや社交辞令ではなかった。
短い言葉のやり取りに、人生の美学を感じた。
もちろん。
あなたは、初対面。
ご主人は、大勢の人を見てきている。
だから、あなたの生き様にも、気づいた。
あなたも、食べ物の匂いで選んだのではなかった。
ご主人とあなたが、ごきげんに笑いあった。
美学のある人を、嗅覚で選んでいた。