#944 気づかれない、ように。
あなたの気づかれない所が好き。
あなたと、料亭。
緊張する。
玄関で、靴を脱ぐ。
入船で、上がる。
靴の向きをかえようか、迷う。
あなたは、迷わず、すいすいと上がる。
レストランではレディファーストのあなたが、料亭では、先に上がる。
女性の私に、恥をかかせないため。
そして、「こうすると、いいよ」と、お手本をしめしてくれている。
助かる。
靴は、下足係りの人が、片付けてくれる。
客室に案内してもらう。
2階。
大正時代の料亭建築。
畳が、きしんだ。
きしまないようにしようとすると、ますますきしんだ。
それは、私だけだった。
あなたは。
畳が、きしんでいない。
まるで、浮いているように、歩く。
水の上を歩いているみたい。
外を歩く大股ではない。
つま先を上げるすり足で、歩いている。
歩き方を変えている。
だから、畳がきしまない。
あなたが、床の間を背にして座る。
これも、私に恥をかかせない配慮。
床の間を背にして座っているけど、横柄ではない。
やわらか。
片岡仁左衛門さんが、浮かんだ。
座布団の上の上がり方も、美しい。
あぐらをかいても、正座のような品がある。
あっ。
またしても、やられた。
あなたが、白いソックスを履いている。
いつのまに。
気づかなかった。
あなたは、気づかないうちに、畳に上がる時用に、白いソックスに履き替えていた。
気づかれないようにしている所に、きゅんとした。