#967 ずらして、もらえる。
あなたのずらしが好き。
あなたと、横須賀線で秋の鎌倉に。
車内に、オシャレな老夫婦がいた。
突然。
「ここで、降りよう」
あなたは、一駅手前の北鎌倉で降りた。
オシャレな老夫婦も、ここで降りた。
鎌倉駅の喧騒とうってかわって、静か。
駅も、小さい。
線路を横切って降りる。
一つ手前の駅で降りるだけで、ドキドキする。
そういう所が、あなた。
あなたは、最初から降りる予定ではなかった。
駅を見て、降りようと決断した。
小さな駅なので、ロッカーも少ない。
紅葉の季節に、この数のロッカーでは、すぐ埋まってしまう。
ところが、空いていた。
昭和なロッカーは、電子マネーが使えず、両替機もなかった。
だから、空いていた。
あなたは、そんなこともあろうかと、硬貨を用意していた。
荷物をロッカーに入れると、身軽になった。
あなたと腕を組みやすい。
ポカポカ陽気に、なった。
スプリングコートが、活躍。
着る期間が短いスプリングコートは、今日のためにあった。
前ボタンを開けると、軽やか。
あなたのスプリングコートには、文庫本が一冊だけ入っている。
あなたのコートの裾がなびくと、王子であることが、バレる。
鎌倉は、紫陽花の鎌倉だと、思い込んでいた。
でも、違った。
鎌倉は、紅葉の鎌倉でもあった。
青紅葉から、赤紅葉に変わり始めだった。
あなたは。
すべてを、ずらしている。
鎌倉より、一つ手前。
紫陽花の鎌倉より、紅葉の鎌倉。
紅葉の盛りより、紅葉の走り。
ずらしたところに、あなたの美意識を感じる。