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#971 裏側を、撫でて。

あなたのハンガーの脱がせ方が、好き。
ハンガーに、脱がせるって、不思議な表現。
でも、あなたは、はずすではなくて、脱がせる。
レストランの帰り。
あなたが、ハンガーラックから、私のコートを外してくれる。
今まで、気づかなかった。
その外し方。
まず、ハンガーの持ち方が、優しい。
木のハンガー。
その木をあなたの右手は、優しく、持った。
木が、うっとりしているのが、わかる。
木が、あなたの手に、身を委ねる。
そして、左手は。
普通、襟をつかむ。
あなたの外し方を見て、初めて、自分がしている所作に気づいた。
所作ではなかった。
動作だった。
あなたのは、所作。
私のは、動作。
あなたの左手は、襟をつかまなかった。
コートの外側を、一つも触れることなく、襟の内側に、あなたの手が滑り込んでいった。
まるで。
シャツの内側に、手を滑り込まされているようだった。
あなたの左手の甲が、コートの裏側のサテンを滑っていった。
コートが、またしても、身を委ねている。
どこまでも、あなたの手を感じていたい。
さっきまで、私は、ハンガーに感情移入していた。
今は。
コートに、感情移入している。
私は、体の裏側を、撫でてもらっている。
外側を撫でてもらっているより、もっと心地いい。
コートは、やがて、ハンガーから浮き上がり、あなたの手で、抱き上げられた。
離れていくハンガーが、名残惜しそうに、余韻を味わっている。
私は。
予感を感じている。
あなたの手ざわりの残るコートの内側を、味わうことを。



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