#186 何事も、なかったかのように
あなたの、紳士的なところが好き。
あなたと、階段を上るところだった
ベビーカーを押している外国人のカップルがいた。
ご主人が、2人分のスーツケースを運び、奥さんがベビーカーを持って、階段を上ろうとしていた。
途中に踊り場がある、長い階段だった。
「お手伝いしましょうか」
と私が、声をかけた。
気づいたあなたは、
「バッグ、持っていてくれる」
と、私にバッグを渡した。
そして、ベビーカーを、奥さんと一緒に運んだ。
「大丈夫ですか」
と、奥さんに声をかけた。
なんていう景色かしら。
私は、その景色に、見とれた。
スーツを着て、ソフト帽をかぶった紳士が、ベビーカーを運んで、階段を上がっている。
ここは、どこ?
時代は、19世紀末?
まるで、映画の中のような世界だった。
ベビーカーには、女の子の赤ちゃんが、乗っていた。
あなたは、ベビーカーの女の子の赤ちゃんを、微笑みながら、見つめていた。
赤ちゃんも、あなたを見つめていた。
赤ちゃんは、あなたに身をゆだねていた。
赤ちゃんも、今、何が起こっているのか、わからない状態だった。
上まで上げると、会釈をして、その場を立ち去った。
その後、タクシーの中で、あなたはそのことについて、何事もなかったかのように、何も話さなかった。
それが、紳士だった。
私は、濡れていることを、黙っていた。