#211 微笑みながら、集中
あなたの字が好き。
あなたの字を書くところが、好き。
あなたが字を書く時、笑っている顔が、怖いくらいに真剣になる。
あなたが連れて行ってくれる てんぷら屋さんは、好きなネタを、テーブルに備え付けてある紙に書き込んで、オーダーする。
あなたは、ジャケットのポケットからボールペンを取り出して、まるでお習字をする時のように、丁寧に書いていく。
海老、茄子、南瓜、鰯、玉葱……。
一画、一画、お手本を書くように、魂を込める。
平仮名ではなく、漢字で書いているのも、セクシー。
オーダーシートに書くには、もったいないくらいの達筆さで、書き込んでいく。
メニューも真剣に選んでいるけど、それ以上に、真剣に書いている。
お店に対するリスペクトを、感じる。
食材に対してのリスペクトを、感じる。
私に対しての愛情を、感じる。
笑っているのに、集中している。
私を、かわいがってくれている時も、きっとそんなふうに、微笑みながら、集中しているに違いない。
私は、それどころじゃないから、あなたを見ることができない。
本当は、一瞬だけ、見たことがある。
同じ顔をしていた。
字を書く時と。
微笑みながら、集中していた。
その集中する微笑みに、ますます感じて、それ以上、見続けることはできなかった。
オーダーシートを書いているあなたを、チャンス到来と、眺めることにした。
でも、思い出して感じてしまって、それ以上、見ることはできなくなった。
てんぷら屋さんにいることを、忘れてしまっていた。