小池一夫です。
漫画寺やキャラクターマン講座で、よく受ける質問があります。
「うまくストーリーを考えることができません」
「物語がうまくつくれません」
「キャラクターを創ったのはいいのですが、うまく動かせません」
などなど。
以前から何度も言っていることですが、大切なことなので、もう一度言います。
「ストーリーを考えるんじゃない。
キャラクターを創って、謎(リドル)を追いかけさせるんだ!」
それだけで、物語は流れ出します。
そう言うと、
「《謎》といわれても、私は『シャーロック・ホームズ』のような探偵ものや、『インディー・ジョーンズ』のような宝探し、『ダ・ヴィンチ・コード』のような謎解きものを創りたいのではないので…」
という人がいますが、全ての物語は「主人公、この先どうなるんだろう」という《謎》を追うもの。非日常的なジャンルのものだけでなく、日常的な学園、恋愛、スポーツ、ホームドラマでも同様です。漫画も小説も、「気になる!」「次が読みたい!」という《謎》がページをめくらせるのだということを覚えておきましょう。
それからこういう質問も受けました。
「《謎》と《秘密》はどう違うのですか。どういう風に作品に入れていけばいいのですか」
《謎》と《秘密》。
どちらもよく聞く言葉ですが、なんとなく使っている人が多いと思います。
《謎》とは「わからないこと」。
《秘密》とは「隠されていること」。
もう少し掘り下げて考えてみると、
《謎》とは、「多数の人が、『わからない』と思っていること」です。
《秘密》とは、「一部の人にしか『知られていない』こと」です。
「えっ、同じことじゃないの」と思うかもしれませんが、やはり違います。
《謎》自体は、多くの人が知っている。たとえば、ナスカの地上絵というものはよく知っているけど、それがどういう意味を持ち、どうやって創られたかはあまりわかっていない。《謎》です。
《謎》は誰にでも解明できることではないので、それを解明することができる人は、「すごいキャラクター」ということになりますね。
一方《秘密》はある人は知っていて、確固とした事実なのだけれど、他の人には知られていない。
その事実の存在自体を、多くの人が知らないこともある。
「ある女の人には、心臓が2つあります。なぜだかわかりますか?」
というのは《謎》です。
テレビのクイズ番組で出題されたものなので、ご存知の方も多いでしょう。答えはその女性が「妊娠している」から、です。
《謎》とは、疑問であり、矛盾です。それを与えられることで、読者はモヤモヤする。
そして、僕が実は宇宙から来た異星人で、それを周囲に隠しているとしたら、それは《秘密》です。その事実を、僕自身も忘れていたり、知らない場合もあるでしょう。親が知っていて、子どもに隠していたりするかもしれない。
ではこの《秘密》は《謎》とまったく違うものかというと、そうでもない。
《表》と《裏》の存在なのです。
《謎》が「?」(疑問、クエスチョン)である場合に、
《秘密》は「!」(答え、驚きの事実、アンサー)になる。
では、それを物語の中で、どうやって活かしていくか。実例を挙げてみましょう。
僕の『子連れ狼』では、物語冒頭、主人公である武士の「拝一刀」が、3歳の子どもの「大五郎」を箱車(乳母車)に乗せて、山道を歩いています。
なぜ、屈強の武士が、3歳の子どもを連れて旅をしているのか?
この子どもと武士は親子なのか?
読者にとって、それは《謎》「?」です。
でも、主人公の拝一刀にとっては《謎》でもなんでもありません。
読者や、他の多くの登場人物には知らせていない《秘密》があるのです。
かつて、幕府の要職・公儀介錯人であった拝一刀は、柳生一族の謀略によってその職を追われ、一族をみなごろしにされます。唯一生き残った大五郎とともに、復讐の旅をしている。それが《秘密》であり、《謎》の答えになっています。
それが、ある時点で明かされる。《秘密》を知り、《謎》が解けた読者は「そうだったのか!」となる。
同じく僕の『クライングフリーマン』では、マフィアの殺し屋である主人公が、人を殺す時に涙を流す。これは《謎》です。
しかし、当然これには『秘密』があります。フリーマンは、ヒットマンとして訓練され、感情を動かすことなく人を殺すことができる。しかし、心の奥底に眠る人間の心が、彼に涙を流させるのです。
このように主人公に関する《謎》は、主人公が隠している《秘密》が答えとなる場合が多いのですが、主人公が追う《謎》については、主人公も答えを知りませんので、主人公は読者とともにその《謎》を解いていくことになります。
『子連れ狼』の《謎》で、最も苦労したのは、『柳生封廻状』という書類の《謎》でした。
宿敵の柳生一族が、幕府の公的な書類を、私的な通信に利用したという職権濫用を行っている事実をつきとめた拝一刀は、その証拠を探します。その手紙は一見したところでは、普通の幕府の書類に見えます。普通の書類に極秘文書を隠したのか。
これは柳生一族が隠している《秘密》ですね。
それを、主人公は、直接答えを聞くことなく、《謎》を解き明かしていく。
幕府権力を私的利用する柳生一族の横暴を明らかにすることができる、という物語の中でも最大の《謎》ですので、かなり時間をかけてトリックを考えました。ある生き物を使うと隠されていた文書が出て来る、というのを考えました。
このトリックは読者からも大反響になりました。
この《謎》や《秘密》について、どのキャラクターが、どこまで知っていて、どこまで知らないのか、ということをしっかりと決めておかないと、キャラクターの言動に一貫性がなくなってしまいますので、気をつけましょう。
読者についても、「どこまで知らせて、どこまで知らせないのか」という《謎》と《秘密》のコントロールが重要です。これによって、読者の興味を引っ張ったり、焦らしたりするわけですね。
僕はこの《謎》の操作、《リドル・コントロール》と呼んでいます。
《リドル・コントロール》で重要なのは、主人公自身の《謎》です。
《謎》を持った主人公の場合、物語の中で、自身の《謎》が解き明かされてしまうと、とたんに求心力を失ってしまうことがあります。
自分の《謎》を解くエピソードは、読者にとっては、興味深いものですが、物語の途中で自分の《謎》を解き尽くしてしまわないようにしましょう。
それはタコが自分の足を食べることと同じです。
全ての自分の《謎》を解いてしまったら、もうキャラクターへの興味が失われて、活躍できなくなり、作品自体が失速してしまう場合もあるので、気をつけましょう。
読者にきちんとコントロールされた《謎》と《秘密》を提供する。言葉で言うほど簡単なことではありませんが、少なくとも、常にそれを意識することが大切だと思います。
《謎》で読者を焦らしすぎたり、放ったらかしにするのもよくありませんが、《秘密》を大盤振る舞いしすぎないことも大事です。
《謎》(リドル)使いになりましょう。
それでは!
(次回、12月14日掲載予定です!)