『黒死館殺人事件』(小栗虫太郎)、『虚無への供物』(中井英夫)と並び、日本探偵小説三大奇書に数えられている『ドグラ・マグラ』を執筆した夢野久作(ゆめの・きゅうさく)。
代表作『ドグラ・マグラ』は、「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」とも評されるほど難解な作品として有名です。特にミステリにはまった人が一度は通る道かと思いますが、その難解な文章に途中で挫折してしまったという方も多いのではないでしょうか。
今回紹介する『創作人物の名前について』は、彼が執筆したエッセイで、紙の書籍で9ページ、電子版でも20ページと、とても短く読みやすいものとなっています。
執筆する際に一番頭を悩ませることとして、登場人物の命名をあげる夢野久作。
「それこそ血のにじむほど涙ぐましい……という程でもないが、相当の神経衰弱に価する苦心を要するもの……」とあるように、ただひたすらに名付けることの難しさ、大切さをあれやこれやとイチイチ具体例をあげながら語ります。これでもかと語っています。
「その創作の出来不出来は、その作中に活躍する人物の名前の選み方一つ在ると云ってもいい」とまで断言する夢野久作。
実際に彼の小説内の名前を見てみると、女性の登場人物たちの名前は、モヨ子(ドグラ・マグラ)、アヤ子(瓶詰の地獄)、ユリ子(少女地獄)などなど。一見適当につけているようにも見えるのですが、本書を読み彼の苦心の結果なのかと考えるとまた見方が変わります。
『ドグラ・マグラ』を読むとその圧倒的難解な文章から、夢野久作はおよそ常人からはかけ離れた人物という印象を受けます。
しかし、本書で書かれている、主役と端役との名前のバランスや、名前から受けるイメージなど、ささいなことで頭を悩ます彼の言葉からは、人間臭さがが伺いしれて同じ目線に立つことができるように感じます。
『ドグラ・マグラ』を読み進められず挫折した人でも、必ず読破できます。なんといっても、たったの20Pですから。
本書を読み、「自分は夢野久作の作品を読破したのだ」という自信をもって、『ドグラ・マグラ』に再挑戦すればまた違った結果が待っているかもしれません。
(文:編集部T)