「出版不況」という言葉が飛び交う中、年々回数を追うごとに注目される賞がある。それが全国の書店員が選ぶ、本屋大賞だ。
そして、2016年の第13回本屋大賞に選ばれたのが、宮下奈都著の『羊と鋼の森』である。
本特集では、受賞から2ヶ月経っての現在の心境を宮下奈都先生のコメントとして紹介すると共に『羊と鋼の森』などの作品を紹介する。

「うれしいです」
「まさか自分の本が選ばれるとは思っていなかったので、びっくりしました」
「ずっと応援してくれた方々に、やっとご恩返しできたような気持ちです」
その都度、一番近い気持ちを答えてきたつもりだけれど、どれもほんとうで、どれもほんとうとはちょっとずれているような気がする。もちろん、うれしいし、びっくりしたし、これで少しご恩返しができると安堵したのもほんとうだ。
近頃、地元福井で応援してくれている書店員さんと話す機会があった。
「お客様が、まるでスーパーの売り場で人参やじゃが芋を買うように『羊と鋼の森』を買っていかれるんです」
とてもうれしそうに話してくれた。自分の本を人参やじゃが芋に譬えられることがこれほどありがたいことだとは思わなかった。
また別の書店員さんは、受賞からしばらく経って地元も落ち着いてきてからの出来事を教えてくれた。
「上品なご婦人が『例の、あるかしら?』っていらしたんです。それだけでどうして答えられたのか自分でもよくわからないんですが、とっさに『ございます』って」
『羊と鋼の森』を手渡すと、その婦人は満足そうに買っていかれたのだという。
「まるで魔法だ、と思いました。お客様と心がつながっている感じ」
そう話す彼女の顔がいきいきと輝いていて、ほんとうだ、魔法だ、と思った。
私の書くものは静かで、特別なことは起こらないと評されてきた。たしかにそうかもしれない。少なくとも、物語の中に魔法は登場しない。それでも、こうして魔法は存在するのだ。本の力だけではないかもしれない。書店員さんと、読者の方がいて初めてかけられる魔法。その力を、しみじみと感じた。
本屋大賞には、作家と、本屋さんと--そこで働く書店員さんと――、そして読者とをしっかりと結びつけてくれる魔法のような力があると思う。私はいまだに魔法にかけられているような気持ちでいる。
宮下奈都
撮影/堀田芳香
羊と鋼の森
<内容紹介/あらすじ>
『羊と鋼の森』は、2016年4月、全国の書店員が“今、いちばん売りたい本”を選ぶ「本屋大賞」を受賞した宮下奈都の小説。初版の発行部数は6,500部だったが、口コミを中心に評判が広がり、累計発行50万部を突破するベストセラーとなった。
北海道の山あいにある静かな田舎町で生まれ育った高校2年生の外村(とむら)は、ある日担任教師からピアノの調律師・板鳥(いたどり)を体育館へ案内しておくように頼まれる。外村は「調律」という言葉の意味すら知らなかったが、板鳥の仕事を眺めているうちにピアノの音色の奥深さに魅了され、いつしか調律師を志すようになる。
外村は高校を卒業すると、板鳥に紹介された専門学校で調律の基礎を学んだ。2年後、再び北海道へ戻った外村は、板鳥の勤める「江藤楽器」に就職し、板鳥や先輩の柳に励まされながら、調律師として日々成長していく――。
みんなの感想
ピアノや調律師という仕事についてはあまり詳しくない私ですが、テレビで紹介されているのを見て興味を持ち、読んでみました。実際には聞こえない「音」を表現する宮下奈都さんの美しい文章が印象的で、さわやかな読後感のある小説でした。
タイトルの「羊」と「鋼」は、それぞれピアノの部品に使われている素材です。この本を読んで、ピアノの演奏会に行ってみたくなりました。同じ調律師の板鳥さんや柳さんをはじめ、登場人物も優しい人たちばかりで、とても上品な物語だと思います。
誰かが足りない
第9回本屋大賞で第7位の受賞作。
予約を取ることも難しい、評判のレストラン『ハライ』。10月31日午後6時に、たまたま店にいた客たちの、それぞれの物語。認知症の症状が出始めた老婦人、ビデオを撮っていないと部屋の外に出られない青年など、6人の人生と後悔や現状の悩みを描く。「ハライに行って、美味しいものを食べる」ことをひとつのきっかけにして、前に進もうとする気持ちを、それぞれ丹念にすくいとっていく。
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