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ふじさわコラム第二回「インフルエンサーは、普通の人より幸せなのか?」

プロブロガーふじさわ別冊・書き下ろしコラム みんなインフルエンサーになりたかった。

ふじさわコラム第二回「インフルエンサーは、普通の人より幸せなのか?」

2018年3月8日

インフルエンサーは、普通の人より幸せなのか?

 
僕の結論は、YESでもあり、NOでもあります。
インフルエンサーは、そうでない人よりも多くの幸せと、多くの不幸を経験する人生を歩む事になるからです。
 
普通の人の幸不幸の度合いが「-50〜+50」の間で推移するとしたら、
インフルエンサーの人生の幸不幸の範囲は「-100〜+100」の間で推移することになるのではないでしょうか。
 
まずマイナスの部分について書くと、ある一定以上の影響力を持つと、「アンチ」や「炎上」とは無縁でいられなくなります。それらから、自分の発言に対して無差別な攻撃を受けることが多くなります。
アンチも炎上も、わかりやすく人生の幸福度を下げます。
 
アンチの発言を見る度に、胸の辺りにドス黒い鉛のような感覚を感じます。
一回一回は対して大きなダメージではなくとも、世には「粘着質なアンチ」と呼ばれる存在もいます。粘着質なアンチから日々受けるダメージは心の中に蓄積していき、軽度のトラウマ状態を引き起こします。SNSの通知欄を開くのが億劫になり、ブログのコメント通知が来るたびに、あの鉛のような感覚に襲われるのです。
 
もちろん、そこには多くの好意的なコメントの通知も多く含まれるのですが、通知が鳴るたびに心の中によからぬ感覚が再燃するのです。
人生の幸福度を、所有物や地位から切り離し、日々の心の状態を言うとすれば、これほど不幸な状態はありません。
 
それよりももっとヒドイのが「炎上」です。
自分の発言を切り取られ、捻じ曲げられ、内容をよく読みもしない心無い匿名の人々から、好き放題に言葉を投げかけられます。その言葉の矛先は少しずつ本質からずれていき、過去の経歴や、容姿にまで及ぶこともあります。
最初の自分の発言に、ほんの小指の先ほどでも、「炎上させてやろう」「みんなの感情を煽ってやろう」という意図があった場合にはまだマシです。自分の思惑通りなわけですから。
 
しかし、自分の発言にある決定的な誤りがあり、その部分を指摘されているとしたら、自分の誤りを認めるまでは心の状態は晴れないでしょう。この場合は早めに自分の発言を訂正し、謝罪するのが得策です。それでも攻撃の手は止まりませんが、長期的に見るとその方がマシです。
 
別のパターンは、「自分には全く落ち度がないと感じる炎上」です。
自分が正しいと思って発言したことが、世の多くの人々に受け入れられず、真っ向勝負となってぶつかってしまうパターンです。この場合の議論はいつまでも平行線で、長く苦しい思いをします。
 
いずれにしても、炎上している間は、他人の腕を直接心の中に突っ込まれてかき混ぜられているような、心の休まらない時間が続きます。大波の中を必死に転覆しないように耐えている小舟にも似ています。
 
こんな経験をするようでは、インフルエンサーは幸福とは言えません。むしろ普通に生活していれば経験する必要などなかった不快な感情を味わうという点で、幸福度-100を経験するのが、炎上の最中でしょう。
 
アンチの存在や炎上というリスクを抱えながらも、インフルエンサーがインフルエンサーたり続け、多くの人がそのようになりたがる理由には、それらデメリットを受け入れても経験したいメリット(幸福)が存在するからと言えます。
 
影響力があるということは、自分がいいと思ったものや悪いと思ったもの、あるいはさほど意味のない日常的な経験にまで、多くのファンが共感してくれ、反応してくれるということです。影響力がなければ、自分の意見に反応してくれるのは、家族、職場の仲間、数人の友人に限定されるでしょう。
 
インフルエンサーは、人間の根源的な欲求のひとつである承認欲求を、常に十分に満たすことができるという点で、他の人々よりも幸福であると言えます。
 
ただ、そのような承認欲求など取るにたらないほどの大きな幸福を、インフルエンサーが受け取ることがあります。それは、ファンからの「あなたのおかげで人生が変わりました!」という一言です。
 
もちろんこの言葉は「人生」などという大それたものでなくても、「紹介してくれた商品を買いました」「勇気が出ました」「一歩踏み出せました」「影響を受けました」という言葉のこともあります。
 
インフルエンサーは、ただなんとなくすごい人達、というわけではありません。
全ての人に「得意分野」があり、「世間に与えたいなんらかの影響」があります。
 
そのなんらかの影響とは「会社を辞めて自分らしく生きたらいいよ」や「くだらない恋愛はさっさと辞めて、自分を磨くといいよ」とか「もっと自分に自信を持てよ」と言った抽象的なものから具体的なものまで様々です。そのメッセージが他人に届き、自分が理想とする影響が与えられていると実感できたとき、承認欲求よりも大きな「自己実現」の欲求が満たされたと感じるのです。
 
その瞬間こそ、インフルエンサーの幸福度が「+100」を記録する瞬間であり、影響力なしではなかなか到達できない幸福度の領域なのです。
 
ここまで読んで
「自分は全く影響力ないし、インフルエンサーじゃないけど、自己実現できているし幸福度は+100だよ」
 
と言う人がいるかもしれません。
もちろんここで言う「幸福度」はただのぼんやりした数字なのでいくらでもなんとでも言えるのですが、ただひとつ断言できるのは
 
「自己実現も成し遂げた幸福なあなたが、さらに影響力まで身につけたら、人生がもっと楽しくなると思いませんか?」
 
ということです。
既に何かしらの成果を人生で挙げた人こそ、インフルエンサーとして影響力を持つ価値があります。むしろ、若者や学生が「インフルエンサーになりたい!」とイキることより、よっぽどそちらの方が本質に近いです。
 

インフルエンサーは、普通の人より幸せか?


この問いに対する答えは、言い換えれば「間違いなく、普通の人よりダイナミックな人生を送っているでしょう」と言えます。ダイナミックな人生の方が好きなひとにとっては、幸福な人生でしょう。
 
平凡で平和な人生が理想の方にはおすすめしませんが、人生の幸も不幸も味わい尽くしたいのであれば、やはり目指す価値があると言えます。

 

藤沢篤

Twitter→@fujisawatsushi
ブログ→http://iphonedocomoss.com/



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