いまの私をかたちづくっているものについて考えてみたとき、どうしようもなく気づいてしまうことがある。それは、すべてはあの日、原宿からはじまった。ということ。
1999年の春。大学進学を機に、東京へ出てきた。東京へ出てくるとすぐに、原宿へ遊びに出かけた。田舎から上京した人間にとってみれば、まっとうなコースである。
山手線の原宿駅を出て、表参道を歩いたあのときの感覚はいまでも鮮明に覚えている。
高校時代、発売日になると放課後まで待てず、私はいつも、お昼休みに学校を抜け出してファッション雑誌を買いに走っていた。ハリのある表紙をめくると、そこには最新のファッションやメイクで着飾ったモデルさんや、ストリートでキャッチした読者がいた。田舎では買えない洋服、田舎では見かけない人たち、田舎にはない街並み、得体の知れないエネルギー……。私もそちら側に行きたいと、強く願った。けれど手を伸ばしてみたところで冷たい紙の感触が指を伝うばかりで、それがとてももどかしかった。だから単純に嬉しくてしかたがなかったのだ。彼女たちが生きている世界、その背景に映っている街並み——原宿、を、ああ、いま私は実際に歩いているんだと思うと興奮し、けれど反してその足取りは、なんだかぎこちなくなっていた。
原宿駅から伸びる長い坂道、(いまはもうないけれど)シズラー、(これは健在)千疋屋、CHICAGO、明治通りまでやってくると、左手にはラフォーレ原宿。通りを挟んで(覚えている人はいるだろうか)GAP前のゆるやかな階段……。原宿を象徴するその景色に飲み込まれないように、人々は、自分がいまここにいることを訴えているようだった。それは奇抜なファッションでもって、あるいはもっと内側からどうしようもなく溢れ出てしまう個性でもって。
ただ街を歩くことがこんなにも気圧されることだなんて、知らなかった。たった数百メートルを歩いただけなのに、すっかり疲れ果ててしまった私は、遊歩道の途中でへなへなと座り込んでいた。そのとき、一人の女性に声を掛けられた。
彼女は私にたいして矢継ぎ早になにかを説明し、写真を撮らせてほしいと脇道へと誘い、ことを済ませたのちに幾つかの質問を受け、颯爽と去っていった。こんな風に書くと、まるで追い剥ぎにでも遭ったような印象を与えてしまうかもしれないけれど、渦中の私は、自身に起きていることがまったく理解できなくて、たじろいでしまっていたから、当時のことを何度説明しようとしても、こういうかたちになってしまう。
約1ヶ月後に知ることになるのだけれど、これが私の、ファション誌デビューとなったのだった。つまり私はそのとき、ストリートスナップの取材を受けていたというわけだ。
その日以降は、まるで夢を見ているような時間が過ぎていった。
同じように原宿を歩いていて雑誌の取材を受けることもあれば、その編集部から連絡が入り、ファッションページの特集に呼ばれることも増えていった。文学を好きだと言えば、本を紹介するページを持ってみないかと声をかけてもらえ、それによって文章で自分を伝える楽しさを知った。私という存在を介して、ファッションと文学、なにかとなにかがつながっていくことの喜びを得た。こんな風に生きていきたいという道を見つけた。
なにものでもなかった私を、雑誌が育ててくれたように感じている。
すべてはあの日、原宿からはじまった。
*
スタイリストの中村のんさんが、2015年の8月末、『70’HARAJUKU』という写真集を発売された。
のんさんは、「表参道のヤッコさん」としても有名な高橋靖子さんのアシスタントだった方だ。
『70’HARAJUKU』は、ご自身が青春を過ごした70年代原宿の洗練された自由な雰囲気を、今、に伝えたいという思いから、9人の友人写真家たちに声をかけて、70’sの普段着の原宿のスナップショットを集めた写真集。
その原宿を撮影したのは、横木安良夫、染吾郎、広川泰士、マイク・野上、井出情児、ハービー・山口、達川清、ガリバー、石川武志といった、今や巨匠と呼ばれる写真家たち。
タイトルどおり、そこに収められていた風景は、70年代の原宿の街と人。そして気配。何かを始めたくなるような、心に火を灯すような気配が写真という記録として残されていた。
この写真集でイベントを企画しようと思ったとき、浮かんだ人は彼しかいなかった。それは、『STREET』『FRUiTS』創業者である青木正一さん。
85年に創刊された『STREET』は、スナップ誌の先駆けとなり、96年に創刊された『FRUiTS』は、”原宿フリースタイル”をコンセプトに原宿に集まる若者たちを撮り続けてきた雑誌だ。まさに80年代以降の若者のリアルがそこには記録されていて、まだ上京する前の私を強く刺激した雑誌でもあった。
そして実現したのが、こんなイベント。
2015/09/22 Tue
中村のん×青木正一
「原宿風景を継ぐということ」 『70’ HARAJUKU』刊行記念
イベントでは、中村さんが見てきた70年代〜80年代の原宿の風景と、青木さんが見てきた80年代以降の原宿の風景が膨大な量の写真とともに語られた。
街というのは生き物だから、変わらないことなんてありえない。人の数だけ表情を持って、そこに存在しているものでもある。
あの日、「原宿」というひとつの記号を共有するなかで、集まった人たちはなにを思っただろう。
すくなくとも私は、自分の原点に立ち返ることができた。
(今回で、「本の向こうに待つキミと~1冊の本から生まれる企画~」最終回です!ご愛読ありがとうございました!)