馴れ親しんだ食べ物を描いていきたいから、B級とは言いたくない
――どこかの名店の味を紹介するような「食マンガ」は、ジャンルの中で一つの金字塔としてあると思いますが、土山先生は、『極道めし』で描かれているように、体験型の「食マンガ」であり、よりエピソード的な要素が強いように思います。そのようなスタイルで「食マンガ」を描くのは、入院されていた体験があったからどうしてなのでしょうか?
土山 『美味しんぼ』もすごく面白いですよね。僕は原作者の雁屋哲さんも若い頃から知っているんですが、食にとても詳しい方で、やはりそれは描き手とはどこか違うんですよ。
絵を描く、つまり描き手というのは自分が経験していないと、おいしい料理は描けないと思うんです。例えば原作のシナリオに、三ツ星の料理について書かれていても、本人が興味なかったら、絶対おいしそうには描けないんですよ。なので、読者のみなさんが普段食べているものを、いかにおいしく見せられるかというところに力を入れましたね。僕が「食マンガ」を描くとしたら、「そこだ!」って思ったんです。食べている時の口の動きやしぐさの描写は、今まであまりなかったんじゃないかな……。でも実際には、こんなにたくさんのごはん粒を顎とか頬につけて、ダイナミックに食べている人なんていないですよね(笑)。
作品の『極道めし』は、あの中にでてくる料理のほとんどが実体験です。だいたいのものは、子供時代の経験から全部思い起こして描いています。運動会の巻きずしとか……。作品を描くために、どこかへ食べに行ったというものはなくて、匂いや食感といった食べ物に関する記憶をもとに描いています。食べ物に関してはなぜか覚えているんですよね。
実は、食べに行ったとしても、写真はほとんど撮りません。食べ物というのは、その時の自分の目と頭も使っておいしく食べるものですから。それでもし描き足りなければ、料理の本をたくさん置いていますので、もちろんそのままには使わないですけど、スタッフに描いてもらう時に参考にしています。でも、基本の絵は僕の記憶の中で、だいたい全部できあがっているんです。
僕はずっと最後まで、B級とは言いたくないんですけど、馴れ親しんだ食べ物を描いていきたいんですよね。もちろんフランス料理や、三ツ星といわれているような料理だって食べに行ったことはありますけど、途中でパンくずが気になっちゃったり、次がでてくるまでが長いので待っている間ソワソワしちゃったり。そうするとパンばかり食べちゃって、もう好きなように食べたいってなっちゃうんですよね(笑)。そうじゃなくて、やはり読者のみなさんにも身近な食べ物を描くことが一番いいんじゃないかなと思いますね。
――実体験に基づいて、数々の「食マンガ」が生まれているんですね。『男麺』では、登場人物たちの麺をすする姿が本当に印象的です。土山先生は、麺をすする表現描写が描きたくて、マンガ作品を描いているという噂をきいたのですが……。
土山 実はそうなんですよ! 昔は、「食マンガ」で、食べている描写が描かれている「食マンガ」ってほとんどなかったんですよね。結局、『美味しんぼ』にしても、『クッキングパパ』にしても、食べ終わったところか、食べる前の描写が多いと感じていました。あと「ズルズル」「もぐもぐ」といった擬音語で表現しちゃうことも多いですよね。なので僕は、実際に食べている時の口の動きやかたちの描写を、「食マンガ」で描いてみたいと意識して描きました。
『クッキングパパ』のうえやまとちさんとは、「食マンガ」作家の仲間の中でも、一番よく会っては飲んでいる仲なんです。イベントでご一緒したときに「荒岩一味はあの顎でどうやって食うんだ」って言っちゃったんですけど「う~ん……食べてるシーンは描かないです(笑)」と言われましたよ(笑)。
――マンガを描くにあたって、ズバリこれはこだわって描いているということがあれば、教えてください。
土山 ん~、そうですね……。
例えば、丼ぶりものを描くときは、必ず丼ぶりのうつわの絵柄をきっちり描くということですね。カツ丼にしても何にしても。ちゃんと描くと、よりおいしそうに見えるんです。おそらく真っ白な丼ぶりのうつわだと、ここまでカツ丼はおいしそうに見えないはずです。
だって食堂に行くと、みんなこういううつわじゃないですか。それをちゃんと再現するように、描きます。だから逆に、海鮮丼はカツ丼みたいな丼ぶりのうつわを描いちゃダメなんですよ。というのは、海鮮丼は上が派手なので、下は黒や赤の一色のうつわにするんですよ。そうすると、丼ものがよりおいしそうになります。そこは、こだわりますね(笑)。
――現在、土山先生が連載されているのもグルメ系がとても多いですね?
連載中の『野武士のグルメ』は、還暦を迎えた主人公が悠々自適に「ひとり飯」をしているところが、もっと極められた「食マンガ」という感じの印象を受けます。
土山 たまたま受けているお仕事が、全部グルメなんです(笑)。
『野武士のグルメ』は、原作が久住昌之さんのエッセイなんですね。なので設定を決めるときに、久住さんご本人のビジュアルを描くのも変じゃないかという話になって、「定年したサラリーマンがいいんじゃないですか?」と僕が提案して、野武士というキャラクターが生まれたんです。「幻冬舎plus」の方は、今はちょっと休載していますけど、完全オリジナルに近い形で書いてもらっています。この作品は、久住さんといえば『孤独のグルメ』のイメージが強いので、絵を担当されている谷口ジローさんを最初はすごく意識して、背景の画をかなり細かく描くということもしています。
あと、「漫画ゴラクスペシャル」で『荒野のグルメ』を、「コミック乱」で『勤番グルメ ブシメシ!』という作品を描いています。『勤番グルメ ブシメシ!』は江戸時代の、実際に存在した日記を元にして描いているんですよ。紀州藩の侍が江戸に単身赴任してきて、書いていた日記です。自炊をしていることや、毎日何を食べたとか食べることばかり書いてある日記で。あれは面白いです。
――裏社会を描いたマンガ作品『極道ステーキ』が電子書籍化されますが、電子書籍にはどのような印象をお持ちですか?
土山 こういう作品も描いていたんだって思ってもらえれば、それで十分です。昔の作品は自分では恥ずかしくてもう見られないですけどね。絵がもう本当にひどくて(笑)。
でもやはり『極道ステーキ』は、「今読んでもすごく面白い」と言ってくれる人がたくさんいるんですよ。「ああ、いい作品だったんだな」と改めて振り返って思いますね。
――最近読んだ本やマンガで、オススメがあれば教えてください。
土山 ものすごくハマってしまっているマンガ作品があるんですけど、「ビッグコミックオリジナル」でやっている『フルーツ宅配便』という作品です。地方のデリヘルの話なんですけど、面白いんですよ。笑えて、ホロリとさせられるんです。女の子の家庭の事情や、なんでお金が必要かとか。子供がいて、旦那とは離婚したとか。まあそういうのも入っているんだけど、ときどきめちゃくちゃ笑えるんです。フルーツと言っても、女の子に“柿”とか、“すだち”とかの名前がついているんですよ。「柿さんご指名です」って(笑)。
作画も、味のある絵で描かれていて、ストーリーと合っているんですよね。それが今一番好きな作品です。
土山しげる(つちやま・しげる)
1950年、石川県金沢市生まれ。日本のマンガ家。マンガ家・望月三起也のもとでアシスタントを経験。1973年、「月刊少年チャンピオン」にて「ダラスの熱い日」で本格デビュー。1975年、「週刊少年キング」にて「銀河戦士アポロン」を原作者・雁屋哲と連載。食マンガを多く描き、グルメマンガ家としてその地位を築いている。現在では、「漫画ゴラクスペシャル」にて『荒野のグルメ』を連載するなど、複数の連載を抱えている。主な著作に『借王(シャッキング)』、『喧嘩ラーメン』、『食キング』、『喰いしん坊!』、『極道めし』など。