最後に、絵本のページをめくったのはいつですか? 絵本というと子どもの頃にはよく読んでいたけれど、大人になるにつれて読む機会が少なってしまったという人も多いのではないでしょうか。今回は、絵本作家・友弥.(ともみ)先生にご登場いただきました。8月に、自身3作目となる絵本『リチャードの指輪』が新しく出版されたばかり。友弥.先生は、もっと大人にも絵本を読んでもらいたいと「大人が読むための絵本」を作ってきました。また友弥.先生は、現役看護師と絵本作家の兼業作家として活動をしています。新刊をご紹介いただきながら、絵本で伝えたいことについて語っていただきました。
言葉や意識が少し変わるだけで、人は十分幸せになれる
――新刊の『リチャードの指輪』は、どういうお話の絵本なのでしょうか。
『リチャードの指輪』は、何か突然ハプニングが起きるわけではないですし、ありふれた日常を描いたストーリーです。「あ、このシーンと似たようなことあったな」と思ってもらえるように、普通すぎる場面をわざと意識して描いています。しかし、登場人物のミリーがいつも笑顔でいることで、単調に繰り返されているような日常が、とても幸せな毎日に変わるんです。言葉や意識が少し変わるだけで、人は十分幸せになれるということが、読んだ人に伝わってくれたらなって思います。
ただ恋愛をして、ハッピーエンドという物語はつくりたくなかったんです。シンデレラストーリーや、玉の輿に乗るようなお話に、憧れている女の子は多いでしょうし、それはストーリーとして面白いと思います。でも幸せのかたちは、それだけじゃないと思うんですよね。
今、不倫だったり、熟年離婚だったり、恋愛が複雑に多様化してきている気がするんです。でも、もしこういう幸せのかたちもあるんだということを知っていたら、自分の本当に大切な人が誰なのかも自然とわかるんじゃないかなと思うんですよ。だから、この絵本は、「大人が読む絵本」といってオススメしています。素敵な恋愛がしたいと思っている若い人や、これから結婚をしようと考えている人たち、出会ったころのことを忘れてしまっているようなカップルや夫婦にも読んでもらいたいです。
――『リチャードの指輪』をつくるきっかけは何だったのでしょうか。
東大病院で働いていたときのエピソードをもとにして描きました。ある日、社長さんクラスのお年を召した方が入院されてきまして、その方が「自己満足の人生を送ってきた」ということを病室でおっしゃるんですね。だけどまた別の日に、その奥さんが「今日初めて、主人がありがとうって言ってくれたんですよ」とすごく嬉しそうに私に言ってくれたことがあったんです。
8年間、ICU(集中治療室)で働いていました。もちろん現場では、スピーディーな判断や処置が求められます。でもそれ以上に、急に危篤状況になったとしたら、お互いに信頼できるような信頼関係をどのように築くことができるかが、一番大事なんです。いきなり状態が悪化して、周りはよく知らない人ばかりの病院です。患者さんはとても不安でいっぱいですよね。なので、「いつも会う看護師さん」とまずは覚えてもらえるようにしています。そこから長く関わることで、やっと気を許してもらえるんです。
絵本づくりのきっかけになったこのエピソードは、きっと思わずポロっと出た本音だったんですよね。愛にあふれていて、とても印象的でした。看護師をはじめて15年くらいになりますが、印象に残っている場面というのは、実はそんなにたくさんあるわけではありません。その男性の患者さんが「もっと早くに気づいて、奥さんに感謝の気持ちを伝えられていたら」と後悔されていたんです。でも最後に奥さんから言ってもらえたという話を聞けて、自分や病院が患者さんとの信頼関係を築けていたんだと実感しました。
病気になってから周り人が「かわいそう」「優しくしなきゃ」と接するようになることは、普通の人の心理だと思います。でも病気になる前から、愛情をもって他人に優しく接することはできますよね。なので、絵本という形にすることで、普段から周りの人を大切にしてもらうきっかけづくりになればいいなと思います。
――絵本の主人公のリチャードとミリーに、モデルはいますか。
一応、私の父と母がモデルになっています。ストーリーでも、父の言葉を使っている場面もあります(笑)。例えば、建築家のリチャードが「広すぎる家をつくってしまった」というシーン。これは父が似たようなことを言ったことがありました。私は地元が北海道なのですが、家を建てた後に、「うちは、たたみ半畳の広さで生活できるな」って父が。たしかに家族が、いつもみんなリビングにいるほど仲が良いんです。それは小学校高学年のときの話ですが、いまだに強烈に覚えています。空間を共有することで幸せな気持ちになることもあるんだと思ったんですよ。なので、父の言葉を使わせてもらいました(笑)。
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