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人気シリーズ『花鳥風月シリーズ』が初の電子書籍化!!綾崎隼先生が明かす裏側事情
2017年2月3日


 

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投稿をはじめた根幹の動機は自分が書き続けるため

―― ここまでは、先生の作品を中心にお伺いしました。ここからは、先生のプライベートに迫っていければと思います。先生は、中学生のころから小説を書きはじめ、大学卒業後より各賞へ投稿するようになったとお伺いしております。小説家を目指そうと思ったきっかけを教えてください。

綾崎 毎日、図書館に通って、一冊ずつ読むような小学生でした。身体を動かすことが昔から大好きなので、インドアな子どもでもなかったのですが、読書はスポーツ以上に好きで、通っていた図書室にあった児童小説はすべて読んだかもしれません。そんなこともあり、ごく自然に、気付けば自分でも小説を書きたいと思うようになっていました。
中学生になってからは、ずっと書き続けていて。小説家になるために書いていたわけではなく、書きたいから書いていたので、投稿するという頭もなく、ひたすら自己満足のために物語を紡ぎ続けていました。大学卒業後に投稿を始めたのは、思っていた以上に社会人というものが忙しく、仕事にしない限り、いつか書けなくなる日がくると思ったからです。もちろん、書いた小説を人に読んでもらいたいという気持ちもありましたが、根幹の動機は自分が書き続けるためでした。

―― 投稿を始めたのは、これまでの習慣を続けるためだったと……。

そうですね。ただ、新人賞に落選するというのは、本当に、死にたくなるくらい悔しい話で。一次落ちを経験する度に、「きちんと読まれているんだろうか」といった疑心暗鬼にもかられますし、あまりにも不甲斐ない結果が続くせいで、二十代の前半は、精神的に不安定な時期も経験しました。ただ、どれだけ悔しくても、「小説を書きたい」という気持ちが消えることはありませんでしたので、毎年、新作を書いては投稿を繰り返していました。
正直に言えば、夢なんて叶わないと考えていましたし、小説家になれるとも思っていませんでした。自分は面白い物語を書いていると信じていましたが、信じていたからこそ、今まで落ちてきたんだから、これから先も同じで、このまま誰にも見つけてもらえないままなのだろうと、漠然と考えていました。今になって振り返れば、落選は単純に実力不足なんですけど……。
だからこそ、「最終選考に残った」という電話をもらった時以上に幸せな気持ちは、多分、これから先も経験することはない気がします。あの日、初めて足が地面から浮くかと思いました。

―― まさに「書き続けたい」という想いが成就した瞬間だったわけですね。
先生は、作中のテーマや後書きにフットボールが度々登場しますが、先生が作品にされるぐらいまで愛しているフットボールに興味をもったきっかけについて教えてください。

※編集部注
「フットボール」は、日本では「サッカー」という用語で浸透していますが、綾崎先生は「フットボール」の用語を使われることが多いので、本インタビューでは綾崎先生らしさを出すため「フットボール」で統一させていただきます。

綾崎 もともと身体を動かすのが好きで、学生時代はバスケットボールが大好きでした。大学では卒業単位的に必要がなくなった後も、たった一人、友達もいないのに体育の授業を受講していました。そんな時、地元ではアルビレックス新潟がJ1昇格を目指して躍進を続けており、代表チームも日韓ワールドカップに向けて盛り上がっていました。その当時の時流に乗る形で、私もフットボールに魅せられていきました。
大学卒業後、自分でもプレーするようになり、今でも週に一度くらいのペースで、フットボールやフットサルを楽しんでいます。もう少し早く始めていれば、きっともっと上手くなれたのにと、過去の愚かな自分を恨んだりもしています(笑)。

―― 先生が考えるフットボールの魅力とは何でしょうか。

フットボールの魅力を聞かれた時に答えることは大抵一つです。バスケットにも通じるのですが、オフ・ザ・ボールの動きがとにかく重要なことです。ボールを持っていない時に、何処へポジショニングするかで勝負が決まる競技なため、プレー中は常に頭を使わなければなりません。頭を使ってスペースを潰せば、自分より遥かに上手い選手の攻撃でも止められるし、逆に、圧倒的に足の速い選手をかわすことも出来ます。それが何よりも楽しいから、ほかの競技以上に夢中になったんだと思います。
ですので、高校サッカーを題材にした『レッドスワンサーガ』は、執筆から取材まで何もかもが楽しかったです。書き始めるまでは、本当にサッカーの試合を小説で描けるんだろうかと不安でしたが、実際には完全に杞憂でした。試合シーンに関しては、最終巻まで一度も編集より改稿指示がありませんでしたし、愛って強いんだなと、強く思いました。

―― フットボールの話になると先生につきまとうのが、ケガの話です。実際、後書きにはケガをしたという報告の話が多いですよね。また、今回出版される『命の後で咲いた花』の単行本のプロットは、骨折の手術時に考えたとお伺いしております。先生とケガの関係は、一種のネタ要素にもなっているのではと思ってしまう程なのですが、こちらについて先生ご自身はどのように思っていますでしょうか。

綾崎 本当に不本意な話です。怪我なんてしたくないに決まってるんですけど、子どもの頃からとにかく多くて……(笑)。小学生の頃なんて、それこそ内科に通った記憶はないのに、外科には毎年のように何かしらで通院していました。
骨折をすると、軽いものでも最低一ヵ月はプレー出来なくなります。三十歳を過ぎた頃より、体力の低下が著しく、それに抗うために必死にトレーニングをしているわけですが、骨折する度に安静を強いられ、風邪を引いた後のように、体力が低下してしまいます。本当に無念です。

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