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「マンガ大賞2017」受賞作『響 〜小説家になる方法〜』の柳本光晴はまさに”響”だった!?
2017年8月10日


「マンガ大賞2017」に輝いた『響 〜小説家になる方法〜』。「マンガ大賞 2017」の授賞式でもその発言から主人公の響にそっくりと言われた柳本光晴(やなもとみつはる)先生。作者の柳本先生と主人公の響に共通するのは、自分への信念だった。
今回はそんな強い想いを持ってマンガ家になった柳本先生に作品の作り方から『響 〜小説家になる方法〜』まで幅広くお伺いしました。

中学3年生ぐらいからマンガ家になると決めていた

―― 『響 〜小説家になる方法〜』が「マンガ大賞2017」の大賞受賞おめでとうございます。まず、マンガ大賞2017を受賞した率直なお気持ちをお伺いできればと思います。

柳本光晴先生(以下、柳本)受賞の知らせを聞いてからしばらく経ちますが、今も変わらずに嬉しいというのとありがたいというのが率直な感想です。ネットを見ても、触れてくれる方も多くて、純粋に嬉しいですね。

―― 先生のブログも拝見させていただいたのですが、大賞にノミネートされたあたりから、マンガ大賞に向けて気持ちが盛り上がっているなと(笑)。

柳本 本当にノミネートされるとも思っていなかったんですよね。まだまだ認知度も低いし、世の中にマンガって山ほどあるじゃないですか。
その中で上から10作決めますよっていうときに、さすがにノミネートされるとは思っていなかったんですよね。その延長で受賞したので、やっぱり嬉しいなって(笑)。

―― ブログではネットの反応も見られると書いていらっしゃいましたが……

柳本 Amazonの書評や、たまにTwitterを見ています。Amazonの書評などは、まあ見事に賛否両論で(笑)。「あー、こんなに賛否両論の作品だったんだー」って思いながら見ています。

―― 特に1巻では、読者の声が見事に分かれましたよね(笑)。

柳本 否定派半数の人に申し訳ないなと思いますが、無視されるよりはまだいいかなと思っています。
どんな意見でも言ってくれるだけで、すごいモチベーションになりますね。やっぱり何も言われないっていうのが、どんなクリエイターさんも一番悲しいことだと思います。

―― 実際、作品の中でも主人公の響は、どんな人のどんな作品に対しても、自分の感想をきちんと伝えます。逆に相手からの感想もきちんと受け止めるところも、作品の重要なファクターなのかなと感じます。

柳本 他人から何らかの形でぶつかってもらえば、その意見に対して作品で何か返すというよりは、作品を読んでもらった以上は何かを感じて欲しいなとは思います。それが否定的な意見でも、ちゃんと読んで「次こそは」っていうモチベーションになるので。

―― 否定的な意見も肯定的に捉えて作品に活かせるというのは、すごい強みだなと思います。
続いて、デビューに至るまでの経緯をお伺いさせてください。

柳本 いわゆる同人誌からです。ずっと同人誌を描いてまして、それなりに売れるようになってくるようになったところで、商業誌の方からもお声がけしていただけるようになったので商業誌の方に移っていきました。

―― 就職はされていないんですか……。

柳本 はい。中学3年生とか高校1年生とかぐらいからマンガ家になるって決めていたんで。

―― マンガ家になりたいと思ったきっかけを教えてください。

柳本 元々マンガがすごく好きだったのと、絵を描くのも好きでした。出身が徳島なのですが、なんせ田舎で情報が少なく、マンガはGペン(※)とスクリーントーンで描くものっていう知識しかありませんでした。それがないとマンガ家になれないって思っていました。徳島では、マンガを描く道具が手にはいらないから、マンガ家にはなれないんだろうなーって思っていたら、15歳の時に徳島駅前のアニメイトにスクリーントーンが売っているという情報を仕入れました。そこで、よし、マンガ家になれると思いました。

※つけペンの一種。筆記や描画に用いるペン。

―― マンガ家になるためのハードルは、道具だけだったんですね(笑)。

柳本 なんせインターネットも今ほど使えなくて、情報がないから(笑)。
そのあと18歳で東京に出てきて、本格的にはそこからですね。とにかく、東京に来ればなんとかなるかなと思ったので、そのための理由付けとして東京の大学に入りました。

―― その後、同人誌から商業誌に移りいくつか作品を出された中で今回スペリオールさんからお声がけがあって『響』を連載しますよね。マンガ家としては順調に階段を登っているようにみえます。

柳本:でもやっぱり時間はかかりましたね。僕がいわゆる同人誌で作品を作り上げる作業を、全部1人でやってきたのが良かったのか悪かったのかはわからないのですが、一つ言えるのはとにかく時間がかかることです。なので、マンガ家志望の人には勧めません。
僕がどうしてアシスタントに行かずに、独学でマンガを描き始めたかというと、昔からいろんなマンガ家さんのインタビューなどを読んでいると、「優秀な編集者さんのおかげで今の自分があります」みたいな文言をよくお見かけしました。言い換えると「その編集さんに当たらなかったら、この人売れてなかったのかもしれないな」と考えてしまって、自分の人生を他人に預けるのってすごく怖いなと思ってしまったんです。編集さん次第で、世に出なかった人もいるかもしれないって考えると自分の人生を極力人に預けたくないなと。もしダメだったら、せめて自分のせいでダメだったって思いたかったので、最初からずっと独学でやってきました。
結局この方法でやって、アシスタント先に入ったり、編集さんにネームを見て貰ったりすれば1年で身につくことを、5年6年かかってようやく身に着けました。作画技術に関しては、本当にアシスタントに入れば1週間で覚えるようなことも1年くらいかかってようやく覚えたりしました。プロのマンガ家を目指すのであれば、今の僕のやり方は時間がかかりすぎたとは思いますね。

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※『響 〜小説家になる方法〜』1巻より

―― 今のお話をお伺いすると、『響』の第1話で、花井という編集者がゴミ箱に捨てられていた原稿を拾うところから物語が大きく動き出す冒頭部と今のお話にすごく通じるところはあるなと思いました。

柳本:そうですね。今まで会ってきた人やインターネットなど、編集さんの役割をいろいろ誤解している人も多いなと思います。マンガにごちゃごちゃ口出しするような編集さんがいないともっといい作品なんて無理と、どうもみんな思っているみたいですね。僕も若いころは確かにちょっと思っていました。口を出さないのが良くない……まあそれだけではないのですよ、ということですね。作中で響は編集さんに相談してやってないので、僕も極力は相談しないようにしています。

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